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2008年10月

国会前庭様式庭園を歩いてみよう

日比谷公園を出ると外務省やら警視庁と日本の中枢の建物に囲まれて赤レンガの建物がみえてくる。旧法務省本館です。

予約をすれば一部ははいることができますが、この日は日曜日。お休みです。

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 もちろん国の重要文化財。

 

Dsc01868_2 門が閉められ、中をのぞくと警備員さんと目があってしまう。向かいは警視庁だし、もうやめておこう。

 

 

Dsc01861 Dsc01876

 

 

 

 

以前「タモリ倶楽部」で狛犬の鼻の拓をとっている人が出ていたが、一瞬これを拓にとってみたくなった。魔が差したではすまされぬだろう。

ちなみに桜田通りには霞ヶ関跡だったことをしめす碑があります。

Dsc01872

 

 

 

 

 

国会議事堂がみえてくるとその前に庭園が道をはさんで二つ。今回の目的はそのうちの洋式庭園側にある建造物。日本水準原点標庫。

ここが日本の標高の原点らしいです。でもそれよりも東京都の有形文化財であり、洋風近代建築としては貴重だということを知り見に行きました。

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Dsc01881 Dsc01882_2

 

 

 

 

 

自分はいろいろな角度から撮るのが好きなのですがふと羽音がして見上げると、なんとスズメバチが3匹

危なかった。よくみるとスズメバチの巣あり注意!って書いてあるではないか。この文化財はこの荒くれ者たちに支配されてしまいました。

気を取り直して時計塔のほうへ。これは三権分立をあらわしているとのこと。

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 雲ひとつない東京の空をみたのは久しぶり。時計台も映えます。意味もなく真下から撮ってみました。

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 時計台の針が青空を突き抜けていくイメージ・・・

 にはなってませんね。やっぱり。

このあと憲政記念館にもいってみたのですが、それは次回。さらっと書きます。日比谷公園を数時間まわっただけでこんな何週間もまたがるとは思わなかった。裏を返せばそれだけ魅力があるところが多かったというわけだが、やはり旬なうちに書かないと忘れてしまいますね。

10/19-25の地震活動 長崎県の地震特集

今週の有感地震は32回でした。M5以上は21日の八丈島東方沖のM5.1、25日に茨城県沖でM5、震度3以上は23日に根室市で震度3を観測しています。

今週は長崎県で過去に発生した地震に注目してみました。長崎は雲仙を除くと極めて地震の少ない印象があります。

過去長崎での大きな地震は1792年島原大変といわれているM6.4の地震。普賢岳の火山活動の中で発生した地震だが、この地震で眉山が崩れ五千人近くの人が犠牲になったといわれています。またこのときの土砂が有明海に流出し高波となって対岸の天草を襲い大きな被害を出しました。

また1922年12月8日は長崎県千々石湾を震源とする地震が2度あり26人、2度目の地震で3人の死者が出ました。

以降はM5以上の地震は有明海で

1966年11月22日M5.5 佐世保などで震度3

1972年9月6日  M5.2 雲仙などで震度3

五島列島近海で1928年6月3日にM5.8くらいです。

ただ小さなものになると最近では2008年は4度有感地震があり、今月の16日には諫早で震度3を記録しています。長崎は地震活動のピークがあるようで2007年は6回、6月7月に集中しています。98年には11月12月で諫早などで7回、88年は雲仙で5月に4回、84年も雲仙で8月から10月にかけて37回の地震がありました。これはおそらく噴火活動が絡んでいると思われます。

それより以前は年3回くらいのペースで雲仙を中心に地震が発生しています。

最後に過去10月27日に発生した地震です。

月日 時間 マグニチュード 発生場所
1927 1027 1053 5.2 新潟県中越地方
1929 1027 1130 5.7 根室半島南東沖
1934 1027 0211 6.1 奄美大島北東沖
1934 1027 0551 5.5 奄美大島北東沖
1942 1027 1429 5.2 豊後水道
1942 1027 1718 5.3 石川県西方沖
1945 1027 2220 5.1 日向灘
1948 1027 0452 5.3 大隅半島東方沖
1952 1027 0046 6.2 三陸沖
1952 1027 0053 6.5 三陸沖
1952 1027 0301 6.2 三陸沖
1952 1027 0419 6.3 三陸沖
1952 1027 0514 5.3 三陸沖
1952 1027 0527 5.9 三陸沖
1952 1027 0700 5.8 三陸沖
1952 1027 0849 5.5 三陸沖
1952 1027 1217 6.4 三陸沖
1952 1027 1533 5.2 三陸沖
1953 1027 1240 6 釧路沖
1959 1027 1552 7.2 千島列島
1968 1027 0056 5.2 根室半島南東沖
1972 1027 0205 5.6 沖縄本島近海
1973 1027 1344 5.1 鳥取県西部
1984 1027 2011 5.4 福島県沖
1989 1027 0206 6.2 三陸沖
1989 1027 0741 5.3 鳥取県西部
1989 1027 1045 6.1 三陸沖
1989 1027 1106 5.6 三陸沖
1991 1027 1406 5.2 茨城県沖
1997 1027 0406 5.1 秋田県内陸南部
2000 1027 1321 6.3 父島近海
2004 1027 1026 4.3 新潟県中越地方
2004 1027 1040 6.1 新潟県中越地方
2004 1027 1042 5.1 新潟県中越地方
2004 1027 1045 4.2 新潟県中越地方
2004 1027 1205 4.4 新潟県中越地方
2004 1027 1523 4 新潟県中越地方
2004 1027 2109 4.3 新潟県中越地方

2004年のものは中越地震の余震によるものです。また1927年にはやはり中越地方を震源とする関原地震といわれる地震がありました。長岡市の西8キロのあたりの局地的な地震でしたが前震、余震あわせ60数回、建物の全、半壊あわせ250棟もの被害がありました。

1959年には千島列島でM7.2、1952年と89年には三陸沖でM5.5以上の地震が頻発しました。因果関係はわかりませんが52年は3月に十勝沖でM8.2の十勝沖地震があった年で三陸沖では前日の26日からM5以上の地震だけで18回、11月1日には再びM6.5の地震が観測されていますが大きな被害にはなっていません。

89年は27日の地震を筆頭に12月27日までM7.1という大きなものを含めM5以上の地震が33回、29日と11月2日の地震では津波も発生。無感地震も発生1週間で400回以上を超えました。

また10月28日は878年の相模・武蔵地震、1707年の宝永地震、1891年の濃尾地震があった日。

31日は1662年外所地震(宮崎県)、2000年には三重県南部でM5.7の地震で東海、関西地方で7人が怪我をしています。

11月1日は1915年に宮城県沖でM7.5の地震がありました。

日比谷公会堂をあらゆる角度から撮ってみる

日比谷公園シリーズ最終回です。今回は日比谷公会堂です。

1929年に建てられたこの建物を撮ってみました。

まずは日比谷通り側から。

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真横から見てみると

Dsc01831 Dsc01833

 

  

 

 

続いて交番の角をまがった側から見上げてみます。

Dsc01835 Dsc01836

 

 

 

扉のアップ。&向かい側に渡って引きで全体像を。

Dsc01837 Dsc01839_2

 

 

 

 

 

  

続いて公園内に再び入ります。西日が強くて最上部の日比谷公会堂の文字がみづらくなってしまいました。

Dsc01840 Dsc01842

10/12-18の地震活動 千葉県一宮、長南町の地震

期間中の有感地震は28回でした。今週もM5以上はありませんでしたが、震度3以上が12日に千葉で震度3、14日に震度4、16日に震度3、18日に和歌山で震度3を記録しました。

先週も書きましたが千葉は地震活動が活発でした。ただここ数日は収まっています。12日はM4.2 震源地は長生村寺崎地区付近、14日はM4.3 長生村北山田寺崎新田地区、16日はM4.2睦沢町の飛地か長生村かわからないのですが猿袋地区と推定されます。いずれも境界線がわからないので住所が違っているかもしれません。

最近この近辺であったやや大きな地震ですと1年前の8月に一宮町で震度5、M4.8の地震がありました。ただこのときは千葉県東方沖で細かい地震が続き、千葉県南部のほうに推移し、規模のやや大きな地震が続きました。その一環のなかで発生したものです。

話は変わりますがM5以上の地震は10月1日以降ずっと発生していません。これがいつまで続いてくれるでしょうか。エネルギーがたまりまくってどっかーんとデカイのが、くるのだけは勘弁してほしいものです。

最後に過去10月21日に発生した地震です。

月日 時間 マグニチュード 発生場所 最大深度 主な観測地点
1861 1021 * 7.4 宮城県沖
1947 1021 1845 5.9 宗谷東方沖 2 網走市
1970 1021 1014 5.1 岩手県沖 1 青森市
1971 1021 1722 5.3 宮古島近海 3 宮古島市
1978 1021 1136 5 日本海中部 1 浦河町
1982 1021 0423 5 八丈島東方沖 2 八丈町
2002 1021 0106 5.4 茨城県沖 3 水戸市

1861年のものは過去に何度か発生している宮城県沖地震のひとつです。日本気象学会の気象集誌によると宮城県遠田、志田、登米、桃生で被害が大きく、死傷者がでています。また津波も発生したとのことです。

また10月22日は1894年の庄内地震、23日は2004年の中越地震、25日は1881年に国後島付近でM7の地震がありました。

日比谷公園を歩く

前回に続き日比谷公園を散策。気になるものを撮ってみました。

祝田門から入るとすぐに目にはいってくるのがアーク灯。

Dsc01772

 

 

 

 

 

でもそれより気になったのが鋳鉄製の水飲み場、日比谷公園開設時からあるものでアーク灯もそうなのだが、中のデザインがとても凝っています。

Dsc01790 Dsc01793

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 アップでみるとなんか人の顔みたい 昔のアニメでこんな顔したのいませんでしたっけ?

さて。テニスコートの脇をぬけると、今度は山登りです。東京の真ん中で。 

Dsc01787 Dsc01789

 

 

 

三笠山といいます。といっても池を掘ったときの残土でもられた人口の山なんですが、意外と見晴らしがよく、これは夜景はきれいだゾと思わせるスポットです。 

下山し(笑)日比谷門方向に歩くと私の大好きな文化財がまたありました。

旧日比谷公園事務所(東京都公園資料館)です。

Dsc01774

 

 

 

この日は貸切で中には入れず・・残念

日比谷見附跡です。赤坂見附は有名ですが、ここにも残っています。江戸城、皇居の手前でもあり江戸時代はここで見張っていたんでしょうねえ。

Dsc01805 Dsc01807

 

  

 

ちょっと登ってみましょう。光の差し込む階段をあがると・・

Dsc01809 Dsc01808

 

 

当たり前ですけど見晴らしがよい。

そして「10円カレー」でおなじみの松本楼。ここは何回か焼失している建物です。

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そしてこんなところに京橋の欄干柱がありました。大正11年にここに移設されたようです。

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池の近くではなく木の木陰にあるのがなんか違和感がありますが。

他にも様々な記念碑や彫刻があります。個人的には自由の女神ならぬ「自由」女神が気になりましたが・・見つけられませんでした。

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日比谷公園の門を制す②

Dsc01829 日比谷公会堂をバックに交番の隣りにあるのが幸門。

国会議事堂方面へ進み、公会堂をみあげながら歩くと

すぐ隣りにあるのが中幸門。

Dsc01846 これも明治35年。

同じようなデザインが続く。

 

途中の街灯を見上げると

Dsc01850

 

  ん。てんとう虫?

 

図書館を過ぎると西幸門。ただ図書館の前だけあってスクーターが邪魔。

Dsc01851

 

郷土の森という広場を曲がる。ここには日本全国から寄贈された木が植えられ、北海道から順に並ぶ。ただ気候があわないものもあるのか、枯れていたり育っていないものもあった。

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そして最後の門が霞門。向かいは霞ヶ関の官庁がそびえ立ち、ふりかえると東京タワーが見える。

Dsc01858

 

これで1周しました。振り返ってみるとあまり個性的なものはなかったなあと、ブログに載せようか迷いつつ、公園内へ。

日比谷公園の門を制す①

日比谷公園

よく初夏で気温があがるとニュースで、サラリーマンが干上がってしまっている映像がでる、あの公園です。昨日までは鉄道記念日のイベントがあったが一日たっていつもの休日の風景に戻ったようです。

日比谷公園は野音しかいったことがなく、しかも夜。園内には広場、噴水、様々な種類の花や木が植えられ、また様々な記念碑や像があるので飽きません。また文化財もいろいろあるのですが、今回は日比谷公園の外周にある門をとってみました。

まずは皇居桜田門側から回ってみます。

祝田門  公園内から皇居をバックに撮るのもお勧めです。この門は新しいらしく昭和55年に造られたものでした。

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有楽町側に歩いていきます。地図には名前が載っていないのであっているか微妙ですが鍛冶橋門です。明治35年と門の裏には彫ってありましたが、それにしては綺麗です。よくわかりません。

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旧公園資料館であるフェリーチェガーデンを横目に進むと、もう有楽町です。ビルの合間から新幹線がみえます。この角が有楽門です。近くには日比谷見附跡もあります。ここは帝国劇場ごしに撮ってみました。これも明治35年。残念なのが草木展かなにかをやっていて片側の門にすべてタペストリーが巻かれていたこと。なので正面サイドは片門しか撮っていません。

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いよいよ一番正面の門です。日比谷門。

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地下駐車場入り口を通り過ぎると小さな門が。名前がわかりませんでした。

Dsc01818

 

 

日比谷公会堂がそびえたち、幸門がみえてきたらようやく半分制覇です。ただ長くなりそうなのでまた日をあらためて書きます。

10/5-11の地震活動 

今週の有感地震は29件でした。M5以上はゼロ。震度3以上も8日の千葉県北西部(M4.7)のみの平穏な1週間でした。このまま緩やかに推移していってほしいものです。ただちょっと千葉県周辺が活発なのは気になりますが。

ちなみに今回の地震の震源は気象庁の緯度発表をもとに調べてみると千葉市中央区南町2丁目、蘇我駅の近くでした。東京でも揺れを感じましたが非常にゆったりとした横揺れだったような気がします。このあたりを震源とした地震で思い出すのは3年前の7月23日東京足立区で震度5を記録した地震です。あのときはM6で比較にならないほどの強い揺れで確か銭湯かなにかの煙突が折れた被害が映像として流れていました。

あのときも震源は蘇我駅の南側近辺でした。フクアリの近くです。

過去10/13に発生した地震(M5以上)

月日 マグニチュード 発生場所 深さ 最大深度 主な観測地点
1935 1013 6.9 三陸沖 3 宮古市
1935 1013 6.2 三陸沖 2 盛岡市
1935 1013 5.7 三陸沖 1 盛岡市
1935 1013 5.5 三陸沖 1 盛岡市
1935 1013 5.4 三陸沖 1 青森市
1935 1013 6.1 三陸沖 2 青森市
1935 1013 6.4 三陸沖 2 青森市
1943 1013 5.9 長野県北部 4 長野市
1946 1013 5.1 新島・神津島近海 1 八丈町
1954 1013 5.2 種子島南東沖 3 屋久島町
1958 1013 6.4 沖縄本島北西沖 3 那覇市
1963 1013 8.1 択捉島南東沖 4 浦河町
1979 1013 5 千葉県東方沖 3 水戸市
1983 1013 5.4 十勝沖 2 浦河町
1985 1013 5.2 茨城県沖 3 宇都宮市
1994 1013 5.2 北海道東方沖 1 釧路市
2006 1013 5 福島県沖 1 登米市

1935年の三陸沖は午前1時45分の地震をきっかけにM5以上が続発しました。18日にはM7.1やM6.5などを記録、ただ陸地から100キロ以上はなれたところだったため大きな揺れにならなかったようです。

1963年には択捉島でM8.1といった非常に大きな地震もありました。この地震も1ヶ月ほど余震が続きました。

東京夜景 歩道橋からみた景色 明治通り

  夜の池袋駅東口から明治通りを南側へひたすら歩いてみた。

専門学校の帰りの学生や会社員,OLが駅へむかうのと反対に進む。ある程度人通りが減り緩いカーブを進むと歩道橋がみえてきた。

歩道橋にあがり車の流れをみて、テーマが決まった。とりあえず飽きるまで歩道橋から見える景色を撮ってみようと、で、記念すべき一つ目が雑司が谷歩道橋。

Dsc01746_2

池袋方面

新宿方面

Dsc01747   

  

  

  

写真ぶれすぎだが、勘弁してください。すぐに次の歩道橋が見える。千登世歩道橋。

Dsc01750 池袋方面

 信号の青がこんなにきれいだとは思わなかった。ずっとまっすぐの道で全ての信号が青だったら壮観だろうな。

 

 

Dsc01751 新宿方面

  

 すぐに目白通りの交差にぶつかる。明治通りの上をクロスしているのだが、石の階段をあがって眺めてみよう。

Dsc01755_2

 この橋の下が明治通り。右へ曲がると目白駅。とりあえず、一駅分歩いた。

 

 Dsc01756 Dsc01757_2

  

 まだ新宿の街並みはみえてこないけれど、空が明るい。ここより左側には都電が併走する。

この日最後の歩道橋は都電の学習院下停留所の隣りの歩道橋。その名も学習院下歩道橋。

Dsc01758  Dsc01759

   左は池袋方面。都電が見えます。

 

 神田川の橋を渡ると高田馬場。都電とも分かれ、この先は歩道橋もすくなさそうなので、今日はここまで。

そのうち素晴らしいビューポイントに出会えることを期待して、少しずつ更新していきます。

ちなみに日本一周歩数形の旅という万歩計を買っちゃいました。(やってることオヤジだな・・・)まだ東京。歩く距離にあわせて日本一周目指します。

東京夜景 歩道橋からみた景色 明治通り

  夜の池袋駅東口から明治通りを南側へひたすら歩いてみた。

専門学校の帰りの学生や会社員,OLが駅へむかうのと反対に進む。ある程度人通りが減り緩いカーブを進むと歩道橋がみえてきた。

歩道橋にあがり車の流れをみて、テーマが決まった。とりあえず飽きるまで歩道橋から見える景色を撮ってみようと、で、記念すべき一つ目が雑司が谷歩道橋。

Dsc01746_2

池袋方面

新宿方面

Dsc01747   

  

  

  

写真ぶれすぎだが、勘弁してください。すぐに次の歩道橋が見える。千登世歩道橋。

Dsc01750 池袋方面

 信号の青がこんなにきれいだとは思わなかった。ずっとまっすぐの道で全ての信号が青だったら壮観だろうな。

 

 

Dsc01751 新宿方面

  

 すぐに目白通りの交差にぶつかる。明治通りの上をクロスしているのだが、石の階段をあがって眺めてみよう。

Dsc01755_2

 この橋の下が明治通り。右へ曲がると目白駅。とりあえず、一駅分歩いた。

 

 Dsc01756 Dsc01757_2

  

 まだ新宿の街並みはみえてこないけれど、空が明るい。ここより左側には都電が併走する。

この日最後の歩道橋は都電の学習院下停留所の隣りの歩道橋。その名も学習院下歩道橋。

Dsc01758  Dsc01759

   左は池袋方面。都電が見えます。

 

 神田川の橋を渡ると高田馬場。都電とも分かれ、この先は歩道橋もすくなさそうなので、今日はここまで。

そのうち素晴らしいビューポイントに出会えることを期待して、少しずつ更新していきます。

ちなみに日本一周歩数形の旅という万歩計を買っちゃいました。(やってることオヤジだな・・・)まだ東京。歩く距離にあわせて日本一周目指します。

プロローグ

Dsc01733

地震の記事ばかり書いていると、正直いい気持ちにはならない。

東京に戻ってきて、3ヶ月。いままで東北の美しい自然と歴代の人が残してきた、美しい財産に圧倒され街歩きにはまったのが、暑さと忙しさですっかりご無沙汰になっていた。

夕焼けをみて、思い出してきた。

また歩こう。いつまで続くかわからないけど。もちろん地震の記事も続けるつもりです。

9/28-10/4の地震活動メモ 留萌支庁の地震

今週の有感地震は27件。うちM5以上は10月1日の鳥島近海のM5.6の1回。震度3以上は29日の広島県庄原市、1日の岐阜県大垣市など岐阜県美濃中西部を震源とする地震、2日の佐賀県みやき町でそれぞれ震度3。震度4を4日に幌延町で観測しています。今週は比較的地震が少ないところで発生したような気がします。

また伊豆大島近海で5回ほど震度2などの有感地震がありました。

今回は4日にあった、留萌支庁で発生した地震に着目してみました。

今回の地震は幌延町上幌延地区の山間部で発生したものと思われます。震源がごく浅く,1930年以降でM5以上この地域で観測したのはわずかに3回。

32年2月1日 M5.6 深さ0キロ 震源 天塩町下国根府付近 羽幌町で震度3        

42年3月6日 M6.5 深さ256キロ 震源 苫前町大天狗岳付近 八戸市で震度4 

03年2月19日M5.9 深さ222キロ 震源 小平町佐官別山付近 浦河町で震度3

今回はM3.5だったことから32年のケースでは震源に比較的近い幌延町や手塩町、中川町では震度4から5に相当する揺れだったかもしれません。

また留萌支庁南部では2004年12月14日にM6.1、小平町大椴付近を震源とする地震があり苫前町で震度5強を記録しています。(深さは9キロ)ちなみにこのときは11月29日と12月6日に釧路沖で連続して大きな地震がありました。

過去の10月6日の地震

月日 時間 マグニチュード 発生場所
1928 1006 0551 5.4 日高支庁東部
1929 1006 0400 6.2 根室半島南東沖
1931 1006 0530 5.1 上川支庁中部
1932 1006 0107 5.2 釧路支庁中南部
1933 1006 0019 5.1 種子島南東沖
1934 1006 0525 6.2 十勝沖
1934 1006 1044 5.2 十勝沖
1934 1006 1203 5.4 十勝沖
1945 1006 2043 5 三重県南部
1949 1006 0656 5.1 茨城県南部
1962 1006 1439 6.4 沖縄本島近海
1964 1006 0710 5.4 茨城県沖
1967 1006 0055 5.2 千島列島
1972 1006 2031 5.5 駿河湾南方沖
1976 1006 2238 5.9 福島県沖
1979 1006 0626 5.2 三陸沖
1990 1006 2333 5.2 茨城県北部
1994 1006 0537 5.7 北海道東方沖
1994 1006 0539 6.3 北海道東方沖
1994 1006 0651 5.2 北海道東方沖
1994 1006 1638 5.3 北海道東方沖
1994 1006 2055 5.1 北海道東方沖
1994 1006 2359 5 北海道東方沖
1995 1006 2143 5.9 新島・神津島近海
1995 1006 2306 5.1 新島・神津島近海
2000 1006 1330 7.3 鳥取県西部
2002 1006 1624 5 千島列島
2004 1006 2340 5.7 茨城県南部

上記のとおり回数も地震の規模も過去多かったのが10月6日です。

94年は北海道東方沖地震の余震によるものです。最大深度は3.95年の新島、神津島近海の地震は神津島で震度5を記録し、土砂崩れなど被害がでて余震も続きました。そして2000年に鳥取県西部地震、境港市などで震度6強を記録し多数の負傷者と被害を出しました。

また2004年にも茨城県南部を震源とする地震でつくば市などで震度5を記録しています。

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