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11/30-12/6までの地震活動 ちょっと東日本太平洋側が気になる

今週の有感地震は23回でした。M5以上は4日の三陸沖M6.1、M5.5、6日のM5.5の3回でした。ただとても気になるのがこの三陸沖だけでなく、宮城沖、宮城中部、福島沖など太平洋側の地震活動が活発になってきたことです。三陸沖のものはM6.1の余震も含まれていますが、4日だけでも08:16三陸沖 12:10三陸沖 17:29福島沖 19:13宮城県沖 22:36岩手県沖と広範囲で地震が発生し非常に嫌な予感がしたものでした。

過去1926年には11月から翌1月に福島県沖や岩手県沖でM5以上が6回→1927年1月18日宮城県沖でM6.3 8月6日にM6.7 

1928年は5月から9月にかけて三陸沖でM5以上が19回、そのうち宮古市で震度5のM6.6を含む

1931年に三陸沖でM7.2

1933年は3月にM8.1の昭和三陸地震、6月に宮城県沖でM7.1

1935年10月三陸沖でM7.1などを含むM5以上が16回

1936年11月宮城県沖でM7.4 1937年7月にもM7.1ともに仙台で震度5 1938年5月茨城県沖でM7 11月に福島県沖でM7.5、M7.3、M7.4

1943年3月から4月に茨城県沖でM6.7を含むM5以上が13回、6月に青森県東方沖でM7.1

1945年2月に青森県東方沖でM7.1、3月に福島県沖にM6.7

1952年10月三陸沖でM6.5を2度を含むM5以上が17回

1959年10月福島県沖M6.8、12月から1月にかけに福島沖、岩手沖、三陸沖でM5以上が続き3月に三陸沖でM7.2

1960年7月岩手県沖M6.7、10月青森県東方沖M6.9、翌1月茨城県沖M6.8

1968年5月青森県東方沖でM7.9(十勝沖地震)、6月に三陸沖M7.2、9月浦河沖でM6.8

1978年2月宮城県沖M6.7、6月にもM7.4

1981年1月に三陸沖M7、浦河沖でもM6.9、1982年3月にも浦河沖でM7.1、7月茨城県沖でM7、8月三陸沖でM5以上が8回

1987年1月岩手県沿岸南部M6.6、2月福島県沖M6.7、4月にもM6.6

1989年10月から12月三陸沖でM7.1含むM5以上が34回

1992年7月M6.9三陸沖

1993年釧路沖M7.5

1994年12月三陸沖M7.6(はるか沖地震)翌1月M7.2(余震)

2002年11月M6.3宮城県沖 翌5月にもM7.1、7月に宮城県中部でM6.4、9月に十勝沖でM8

2004年11月釧路沖M7.1

2005年8月宮城県沖M7.2、10月茨城県沖M6.3、11月三陸沖M7.2

2008年茨城県沖5月M7、7月福島県沖M6.9、7月岩手県沿岸北部M6.8

と多少強引かもしれませんが東日本の太平洋側に関して言えば今年は活動が活発だったといっていいかと思われます。また規模の大きな地震がひとつの地震をきっかけに連動しているような気がしてならないのですが、なんの根拠もないので独り言にとどめておきます。

過去の12月8日の主な地震

1921年茨城県南部でM7、龍ヶ崎地震と言われています

1922年長崎県千々石湾でM6.9、M6.5 長崎県で26名の死者。島原半島で大きな被害が出ました。

1970年鳥島近海でM6.5 深さ180キロで発生した地震のため最大深度は仙台の震度2でした。

2001年神奈川県西部M4.6 上野原市で震度5を記録しました。

2006年千島列島東方沖でM6.4

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