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2008年12月

12/21-27までの地震活動 東京都内の地震と年末最後の地震、年明け一発目の地震

期間中の有感地震は29回でした。この週も福島沖を筆頭にM5以上の地震が目立つ週でした。

M5以上は21日2時福島県沖M5.2(笠間市震度2)、4時M5.4(郡山市などで震度2)、18時にM6.2(会津若松市などで震度3)、24日関東東方沖のM5.5(猪苗代町震度2)、25日釧路沖でM5(釧路市などで震度3)、関東東方沖でM5.4(栗原市などで震度1)、その後は落ち着いてきています。

また震度3以上は上述のほか22日の鳥取県西部のM3.6で南部町で震度3(震源は南部町道河内周辺と推定)を記録しました。

ちなみに東京でも2度震源となる地震がありました。

23日19時頃江東区の東雲橋付近を震源とするM3.3の地震で稲毛区で震度1、24日にも八王子と藤野町の境でM3.4の地震があり栃木県で震度1を記録しています。

過去東京23区や多摩地区で発生した震度3以上の地震を気象庁のデータがある1926年以降調べてみました。

1931年6月17日 M6.3 震度5 震源地 武蔵村山市(榎木3)

     6月30日 M5    震度3      小平市(北町3)

1944年3月19日 M5.3 震度3       世田谷区(野沢2)

1956年12月19日 M5.2 震度3      八王子市(椚田町 )

1958年5月11日 M4.4 震度3       世田谷区(北沢4)

1972年1月27日 M4.8 震度3       山梨県境 浅間峠付近

1976年5月13日 M4.2 震度3       渋谷区(代々木1)

1983年1月27日 M4.8 震度3       練馬区(谷原3)

1988年3月18日 M5.8 震度4       世田谷区(経堂2) 

この地震では10人が負傷、内房線が2時間半ストップするなど鉄道は混乱しました。震源が深く大きな被害はなかったが、東京ガスの地震計や鉄道会社、世田谷区役所の地震計は震度5に相当する値を検知しています。

1992年4月10日 M4.8 震度3  震源地 杉並区(荻窪5)

この年は2月に東京湾でM5.7 千代田区で震度5の地震がありました。

1994年5月27日 M4.1 震度3 中野区(中央)

2000年8月18日 M3.6 震度3 中野区(東中野1)

2005年5月7日  M4.2 震度3 多摩市(愛宕1)

     6月1日  M4.3 震度3 羽田空港

この年は7月23日に千葉県北西部を震源とするM6の地震があり足立区で震度5を記録。負傷者38名、家屋一部損壊12件、京葉線が7時間ストップ、メトロや山手線も2~3時間ストップしました。千葉県内では停電や断水の被害が相次ぎました。この地震は銚子市直下のプレートに関連する地震と見られ上の2つの地震との関連性はないと思われます。

2007年6月28日 M4.1 震度4 青梅市(御岳本町)

今回は震度3以上を調べましたがこうやって列挙すると23区直下でも結構地震は発生しているのです。

今回は大晦日、新年を迎える1時間前と年明け一発目のM5以上の地震です。

1975年12月31日 23:12 青森県東方沖 M5.1  

2007年12月31日 23:39 小笠原諸島西方沖 M5.6

2005年1月1日   4:01  奄美大島近海 M6.1 奄美市で震度5

2005年1月1日   5:13  茨城県沖 M5 日立市で震度5

と正月早々震度5なんて食らいたくないものですね。

東京夜景 歩道橋から見た景色 馬込①

  今回は馬込近辺を歩きました。

西馬込駅からスタートです。

Dsc02038

 

  

 

外に出てみると冬とはいえ、まだ明るい。時間もあるので 本門寺近辺を歩いてみることにしました。

Dsc02040 貴船坂から本門寺公園のほうへ曲がると住宅街から急に東京都内とは思えない光景がひろがってきます。

  

 

Dsc02043

 まだ紅葉が残っていました。

 五重塔や本門寺本殿などがあるのですが思っていた以上に広いのと本来の目的とは変わってくるので駅に戻ります。

国道1号線へ出るのに浅草線の車両基地を見渡せる弧線橋を渡ります。

浅草線の車両が一望できます。

Dsc02048 Dsc02046

 

 

  

また一時期話題になった地下鉄の電気機関車も発見。それ以上に大きな発見だったのが、その先の風景です。

Dsc02045

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと見づらいかもしれませんがこの日は雲ひとつない快晴。ビルとビルの間に富士山を発見しました。子供の頃静岡県東部に住んでいたので毎日当たり前のように見ていた富士山。久しぶりにまじまじと見ました。とてもちっぽけだけどそれでもなんかうれしい。

まだ明るいけど国道1号線を東へ歩道橋をさがして歩きます。

まず一つ目の歩道橋、南馬込5丁目歩道橋です。順に池上方面、五反田方面です。

Dsc02050 Dsc02052 Dsc02051_2

 

 

 

 

 馬込坂下歩道橋です。文字通りこの辺は馬込坂といわれその名のとおり坂の下です。

Dsc02053 Dsc02054 Dsc02055 Dsc02056

 

 

  

 馬込坂の標がありました。

Dsc02059 Dsc02058

 

 

 

 

  

 南馬込歩道橋です。写真がぶれてしまいました。新幹線とのショットが撮りたくあせってしまいました。というよりもう新幹線来てます。寒いから次の新幹線まで待てません。

Dsc02060_2 Dsc02061 Dsc02062

 

 

  

 

ちなみにこの下は横須賀線が走っています。富士山もまだ見えます。これで新幹線と横須賀線と富士山が撮れればいうことないのですがそんなにうまいこといくわけがありません。あきらめて歩道橋を降り、振り返ると新幹線が・・・そんなもんですよね。意外と。

Dsc02067 Dsc02069

 

 

  

 環七通り交差点、馬込環七歩道橋です。

Dsc02072 Dsc02075 Dsc02080

 

 

  

 同じ歩道橋から見た景色です。見る方向が違うだけで景色が全く変わります。

Dsc02077 Dsc02078 Dsc02081 Dsc02082

 

 

 

ここから環七通りを次回歩きます。

 

 

 

12/14-20までの地震活動 午前2時台の主な地震①

期間中の有感地震は33回とやや多めでした。今週も東北地方の地震が目立ちます。

M5以上の地震は15日の三陸沖(M5.2)、18日の三陸沖(M5.5)、20日の関東東方沖(M6.6、M5.4)、福島県沖(M5.3)、今日も福島県沖で2度M5以上を記録しています。これで東北地方太平洋側が気になると書いて3週目になりますが相変わらず青森県東方沖から茨城県沖まで万遍なく揺れているのがいや~な感じです。大きな地震にならなければよいのですが・・・

震度3以上は次の通りです。

14日 茨城県沖 震度3 水戸市など、15日 三陸沖 震度3 盛岡市、18日 三陸沖 震度3 登米市、19日青森県東方沖 震度3 八戸市、20日 関東東方沖 震度3 栗原市など、宮城県北部 震度3 栗原市 と東北地方太平洋側が目立ちます。ちなみに関東東方沖の深さが浅い地震で宮城県で震度3というのはあまり記憶がないのですが・・・

さて今回も前回に続き時間帯別の地震です。午前2時台を調べてみました。

2:02 1984年 9月19日 関東東方沖 M6.6 館山市で震度4

2:03 1952年 3月10日 十勝沖 M6.9 帯広市で震度4

2:08 1995年 4月29日 北海道東方沖 M6.1 

2:09 1933年 6月4日 奄美大島近海 M6

2:11 1934年 10月27日 奄美大島北東沖 M6.1

2:12 1942年 11月16日 茨城県沖 M6.5 いわき市などで震度4

    1994年 10月19日 北海道東方沖 M6

2:13 1935年 1月19日 宮古島近海 M6

    1995年 12月3日 択捉島南東沖 M6.8 津波注意報発令

2:18 1971年 12月3日 千島列島南東沖 M6.5

2:19 1938年 11月7日 福島県沖 M6.1 

2:20 1939年 6月23日 詳細不明  日光市で震度5

2:21 2007年 10月1日 神奈川県西部 M4.9 箱根町で震度5 小田原市で2人負傷

2:24 1964年 8月5日 千島列島 M6

    1995年 11月25日 択捉島南東沖 M6.8

2:25 1938年 12月14日 三陸沖 M6.3

2:26 1979年 12月12日 鳥島近海 M6.3

以上、2時台前半は被害の大きな地震はありません。気のせいか1930年台が目立つような、あとは沖縄、奄美と千島、択捉が目立つ程度でしょうか。

最後は過去12月22日に発生した主な地震です。

1929年 詳細不明 日光市で震度5

1931年 熊本県天草、芦北地方 M5.6 天草市で震度5

1946年 北海道東方沖 M6.2 ちなみに46年は和歌山、熊本、四国沖など22日だけでM5以上が6回ありました。

1953年 青森県東方沖 M6.1 

1989年 択捉島南東沖 M6

1991年 千島列島 M6.8 この年この海域を震源とする地震が多発。この地震では津波注意報が発令されました。

1996年 北海道南西沖 M6.4

2000年 択捉島付近 M6.1

とM6以上に絞っているのですがそれでも北海道近辺が多いですね。

六郷水門から蒲田操車場まで歩いてみよう③~蒲田操車場を守るねこたち

「砂の器」の舞台のひとつ。蒲田操車場につきました。今は蒲田電車区と名は変わりました。雑色側から歩いたので若干迷いながらも、カクテル光線の灯りですぐたどりつきました。

Dsc01984 Dsc01986 Dsc01988

 

 

 

まっさきに出迎えてくれたのは3匹のねこたちでした。いや歓迎ではないかもしれない。この電車区にデジカメをもった不審者が近づいてきたので警戒のために出動したのかもしれない。

結局1分近くお互い一歩も動かず、フラッシュにも動じず対峙していました。なんとも勇ましいねこたちでした。

Dsc01992 主役はこっちです。

まだ新しい車両だと思っていたのですが、この車両ももうすぐ引退なんですよね。そう思うとなんか朽ちてみえてしまう。寿命が短かっただけに愛着もなにもないが、1編成くらいは残してほしいような。

Dsc01994 で、京浜東北線はこの車両が主役なのですが、個性はないし、小田急も同じような車両あるし・・・

 

さあ、蒲田駅に戻りましょう。環八通りを目指します。

Dsc02005

 

 

蒲田陸橋を渡ると本蒲田歩道橋がみえてきます。せっかくですからここから見える夜景も撮っておきましょう。

Dsc02006  Dsc02007

 

 

左が蒲田駅と逆方向、右が蒲田駅方向

Dsc02009 Dsc02010

 

 

 

環八通り矢口渡駅方面と京急蒲田方面

Dsc02011 Dsc02012

 

 

次回は馬込を歩きます。

12/7-12/13までの地震活動

期間中の有感地震は29回でした。M5以上は8日の台湾付近で発生したM5.5.震度4は7日の宮城県中部の地震で涌谷町などで震度4、震源地は石巻市(青木)でした。また震度3は7日の熊本県熊本地方のM3.6、震源地は合志市(新古閑)、11日の沖縄本島近海M4.8、国頭村で震度3でした。

今週もまだ東北地方の地震が目立っています。内陸地震の余震とみられるものも含まれます。この期間中だけでも7日福島県沖M4.1、宮城県中部M4.3、8日山形県最上地方M1.7、青森県東方沖M3.5、9日宮城県中部M2.6、宮城県北部M3.3、12日宮城県北部M2.8、13日宮城県北部M2.8、M3.1、三陸沖M4.8と発生しています。東北はもともと地震は多いので特筆することもないのですが、それでも満遍なく各所で揺れているのがなんか気になってしまいます。

今回は久しぶりに時間帯別の主な地震を調べてみました。午前1時台後編です。

1:30 1995年4月29日 北海道東方沖 M6.7

1:31 1966年3月13日 与那国島近海 M7.8 与那国町で震度5

1:35 1929年5月22日 日向灘 M6.9 宮崎市で震度5

1:38 1930年5月24日 房総半島南東沖 館山市で震度5

1:40 1933年9月3日  鳥島近海 M6.7

1:42 1938年5月29日 釧路支庁北部 M6.1

    2000年10月31日三重県南部 M5.7 三重県紀北町などで震度5 負傷者が6名出ました。

    2006年5月15日和歌山県北部 M4.5 和歌山市で震度4、1名が負傷、阪和線や紀勢線が大幅に遅れるなどの影響がでました。

1:45 1935年10月13日 三陸沖 M6.9

    2008年5月8日 茨城県沖 M7 まだ覚えている人も多いかと思います。(今年ですからね)水戸市などで震度5、前日からこの付近を震源とする地震が続いていました。関東地方で5名が負傷し福島県の東京電力のタンクでは水漏れが発生しました。

1:46 1941年11月19日 日向灘 M7.2 宮崎市で震度5 死者2名など大きな被害が大分、熊本、宮崎で出ました。

    1965年3月17日 青森県東方沖 M6.4

1:49 1941年4月6日  山口県北部 M6.2

    1989年12月22日 択捉島南東沖 M6

1:50 1922年12月8日 長崎県千々石湾 M6.9

    1960年2月5日  三陸沖 M6.1

1:51 1936年6月26日 東海道南東沖 M6

    1963年3月31日 択捉島南東沖 M6

    1983年10月31日 鳥取県中部 M6.2

1:56 1938年12月23日 与那国島近海 M6

1:57 1951年6月6日 種子島南東沖 M6.5

1:59 1928年2月28日 詳細不明 福山市で震度5

    1956年8月13日 新島・神津島近海 M6.3

    1971年9月9日 サハリン西方沖 M6.3

続いて過去の12月15日に発生した主な地震です。

1976年 奄美大島近海で奄美市で震度3を記録したくらいで古くは1331年の元弘地震がありましたが、気象庁の記録がある1926年以降でもM5以上が6回など非常に少ないのが12月15日でした。

六郷水門から蒲田操車場まで歩いてみよう②~歩道橋からみる夜景:蒲田編

国道15号線六郷橋から六郷土手側にループ状になった交差点を下っていくと淡い緑色のアーチが見えます。最初は公園の入り口のオブジェだと思っていたが、六郷橋とかいてある説明板によると大正14年に架けられ、昭和60年に交通量対策で架け替えられるまでの旧六郷橋のアーチ部分がここに移設されたとのこと。

Dsc01954 Dsc01959 Dsc01957

 

 

 

建築に詳しくなくても昔の建造物は見惚れてしまいます。デザインも細かいところまで凝ってつい足を止めてしまいました。何より地図に載っていなく、恥ずかしながらこの存在さえ知らなかったので、こういった発見がうれしいんですよねぇ。

再び多摩川に戻り北へ。京急の橋をくぐるがこれがまたスリリング。自分は170センチの身長だがそれでもかがめないと頭をぶつける。さらにそのすぐうえを轟音とともに電車が走り抜ける。手を伸ばせば車輪に轢かれてしまうのではないかと錯覚(実際は網が張っているので大丈夫なのだが)するほど。

Dsc01963

 

 

 

当初さらに足を延ばし矢切の渡しまで行こうかと思ったのですが日も暮れてきたので引き返しました。写真は現在の六郷橋です。

Dsc01968 Dsc01961

 

 

 

日も沈んできたので久しぶりに歩道橋から見える夜景を撮ってみます。個人的に車のヘッドライトやテールライトをみるとなんか落ち着くんです。さらに道がまっすぐな限り遮るものがないので場所によっては夜景が切り開けてみえます。

では15号線を蒲田方面へ歩いてみます。

六郷橋をでて最初の歩道橋は六郷橋歩道橋。左側は多摩川方面、右は蒲田方面です。

Dsc01970 Dsc01971 Dsc01972_2

 

 

 

 

次が東六郷三丁目歩道橋。なぜか文字のうえになにか貼られています。基本的に空が明るいほうが西側です。

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ただこの先しばらく歩道橋はないので雑色駅方面へ。非常に中途半端なので東海道線の弧線橋(宮前弧線人道橋)を目指します。

途中雑色駅前商店街を通りますが焼き鳥のいい匂いに負けそうになりながら、弧線橋から眺めてみます。

Dsc01977 Dsc01979 Dsc01981

  

 

 

もうなんの写真だかわからなくなってしまっていますね。あんまり長くいると自殺するのではと思われるのも嫌なので早々に退散しました。次回は「砂の器」の舞台にもなった蒲田操車場を目指します。

11/30-12/6までの地震活動 ちょっと東日本太平洋側が気になる

今週の有感地震は23回でした。M5以上は4日の三陸沖M6.1、M5.5、6日のM5.5の3回でした。ただとても気になるのがこの三陸沖だけでなく、宮城沖、宮城中部、福島沖など太平洋側の地震活動が活発になってきたことです。三陸沖のものはM6.1の余震も含まれていますが、4日だけでも08:16三陸沖 12:10三陸沖 17:29福島沖 19:13宮城県沖 22:36岩手県沖と広範囲で地震が発生し非常に嫌な予感がしたものでした。

過去1926年には11月から翌1月に福島県沖や岩手県沖でM5以上が6回→1927年1月18日宮城県沖でM6.3 8月6日にM6.7 

1928年は5月から9月にかけて三陸沖でM5以上が19回、そのうち宮古市で震度5のM6.6を含む

1931年に三陸沖でM7.2

1933年は3月にM8.1の昭和三陸地震、6月に宮城県沖でM7.1

1935年10月三陸沖でM7.1などを含むM5以上が16回

1936年11月宮城県沖でM7.4 1937年7月にもM7.1ともに仙台で震度5 1938年5月茨城県沖でM7 11月に福島県沖でM7.5、M7.3、M7.4

1943年3月から4月に茨城県沖でM6.7を含むM5以上が13回、6月に青森県東方沖でM7.1

1945年2月に青森県東方沖でM7.1、3月に福島県沖にM6.7

1952年10月三陸沖でM6.5を2度を含むM5以上が17回

1959年10月福島県沖M6.8、12月から1月にかけに福島沖、岩手沖、三陸沖でM5以上が続き3月に三陸沖でM7.2

1960年7月岩手県沖M6.7、10月青森県東方沖M6.9、翌1月茨城県沖M6.8

1968年5月青森県東方沖でM7.9(十勝沖地震)、6月に三陸沖M7.2、9月浦河沖でM6.8

1978年2月宮城県沖M6.7、6月にもM7.4

1981年1月に三陸沖M7、浦河沖でもM6.9、1982年3月にも浦河沖でM7.1、7月茨城県沖でM7、8月三陸沖でM5以上が8回

1987年1月岩手県沿岸南部M6.6、2月福島県沖M6.7、4月にもM6.6

1989年10月から12月三陸沖でM7.1含むM5以上が34回

1992年7月M6.9三陸沖

1993年釧路沖M7.5

1994年12月三陸沖M7.6(はるか沖地震)翌1月M7.2(余震)

2002年11月M6.3宮城県沖 翌5月にもM7.1、7月に宮城県中部でM6.4、9月に十勝沖でM8

2004年11月釧路沖M7.1

2005年8月宮城県沖M7.2、10月茨城県沖M6.3、11月三陸沖M7.2

2008年茨城県沖5月M7、7月福島県沖M6.9、7月岩手県沿岸北部M6.8

と多少強引かもしれませんが東日本の太平洋側に関して言えば今年は活動が活発だったといっていいかと思われます。また規模の大きな地震がひとつの地震をきっかけに連動しているような気がしてならないのですが、なんの根拠もないので独り言にとどめておきます。

過去の12月8日の主な地震

1921年茨城県南部でM7、龍ヶ崎地震と言われています

1922年長崎県千々石湾でM6.9、M6.5 長崎県で26名の死者。島原半島で大きな被害が出ました。

1970年鳥島近海でM6.5 深さ180キロで発生した地震のため最大深度は仙台の震度2でした。

2001年神奈川県西部M4.6 上野原市で震度5を記録しました。

2006年千島列島東方沖でM6.4

11/23-30の地震活動 岐阜県美濃地方の地震

今週の有感地震は21回でした。震度3は23日に米子、安来市で、震度4は24日に恵那市で観測しました。またM5以上は24日にオホーツク海を震源とするM7.2の大きなものがありました。

今回は岐阜県美濃地方に注目してみました。

24日の地震はM3.9、深さ11キロで震源地は恵那市(西三作)と推定されます。M5以上だと美濃東部では1979年7月31日にM5.1、震源地は土岐市(住久保)と推定されます。また深さが280キロと深かったため最大震度は水戸市でした。

美濃中西部では1891年の濃尾地震が一番大きな地震でM8、本巣市が震源といわれ、死者は7千人を超えたといわれています。

1926年以降M5以上は6回記録しています。1934年にはM6.3の地震で彦根市で震度4、震源地は関市(田尻)、深さも6キロと浅かったことからこのへんではもっと大きな揺れがあったと思われます。

1969年には郡上市(和良町鹿倉)を震源とするM6.6の地震があり三岳通報所で震度5を記録しています。その後1992年にM5.4の地震があって以来M4クラスは何度かありますがM5以上は記録していません。

過去12月2日に発生した主な地震

1611年 三陸沖でM8.1 慶長三陸地震といわれ東北、北海道で津波による被害も多く宮古では一軒残らず流されたとのこと。

1932年 茨城県北部でM5.4 石岡市で震度4

1961年 宮古島北西沖でM6.2 宮古島で震度4

1981年 青森県東方沖でM6.2 浦河町で震度4

1989年、1990年には三陸沖でM5.5、M5.2

2001年 岩手県内陸南部でM6.4 涌谷町で震度5、北海道、関東を含む東日本の広い地域で揺れを観測。桃生町で約14戸が停電。震源は、大迫町、宮守村付近、震源に近いはずの大迫町は震度4。震源地から約100キロも南に離れた宮城県の古川市、涌谷町では震度5弱の揺れを観測した地震でした。

2005年 宮城県沖でM6.6 気仙沼市などで震度3を観測するなど東北地方太平洋側での地震が目立った12月2日でした。

11/23-30の地震活動 岐阜県美濃地方の地震

今週の有感地震は21回でした。震度3は23日に米子、安来市で、震度4は24日に恵那市で観測しました。またM5以上は24日にオホーツク海を震源とするM7.2の大きなものがありました。

今回は岐阜県美濃地方に注目してみました。

24日の地震はM3.9、深さ11キロで震源地は恵那市(西三作)と推定されます。M5以上だと美濃東部では1979年7月31日にM5.1、震源地は土岐市(住久保)と推定されます。また深さが280キロと深かったため最大震度は水戸市でした。

美濃中西部では1891年の濃尾地震が一番大きな地震でM8、本巣市が震源といわれ、死者は7千人を超えたといわれています。

1926年以降M5以上は6回記録しています。1934年にはM6.3の地震で彦根市で震度4、震源地は関市(田尻)、深さも6キロと浅かったことからこのへんではもっと大きな揺れがあったと思われます。

1969年には郡上市(和良町鹿倉)を震源とするM6.6の地震があり三岳通報所で震度5を記録しています。その後1992年にM5.4の地震があって以来M4クラスは何度かありますがM5以上は記録していません。

過去12月2日に発生した主な地震

1611年 三陸沖でM8.1 慶長三陸地震といわれ東北、北海道で津波による被害も多く宮古では一軒残らず流されたとのこと。

1932年 茨城県北部でM5.4 石岡市で震度4

1961年 宮古島北西沖でM6.2 宮古島で震度4

1981年 青森県東方沖でM6.2 浦河町で震度4

1989年、1990年には三陸沖でM5.5、M5.2

2001年 岩手県内陸南部でM6.4 涌谷町で震度5、北海道、関東を含む東日本の広い地域で揺れを観測。桃生町で約14戸が停電。震源は、大迫町、宮守村付近、震源に近いはずの大迫町は震度4。震源地から約100キロも南に離れた宮城県の古川市、涌谷町では震度5弱の揺れを観測した地震でした。

2005年 宮城県沖でM6.6 気仙沼市などで震度3を観測するなど東北地方太平洋側での地震が目立った12月2日でした。

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