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2009年3月

3/22-28までの地震活動

期間中の有感地震は20回でした。

M5以上は22日沖縄本島近海のM5.3、27日の沖縄本島北西沖のM5.6.

震度3以上は24日の紀伊水道のM3.5、海南市などで震度3、25日の茨城県南部のM4、土浦市などで震度3を記録しました。この地震の震源地は常総市(大塚戸町新田)付近と推定されます。

沖縄本島北西沖でM5以上の地震があったのは1926年以降これで58回目昨年8月5日のM5.2以来になります。

また沖縄本島近海でのM5以上の地震は78回目。昨年8月9日M5.2以来、ちなみにこの年の7月8日にM6.1、与論島で震度5の地震がありました。

今回は短めに。それでは過去3月31日に発生した主な地震です。

1935年 福島県沖 M6.4

1963年 択捉島南東沖 M6

1995年 日本海中部 M6.2

また2000年には有珠山噴火による地震が多発しました。

マグニチュードは3..1から3.8クラスだったのですが、壮瞥町などに地震計を設置したこともあり、震度4をこの日だけで6回記録しました。

2001年には群馬県北部でM5.2、日光市で震度4を記録しました。

東京夜景 歩道橋からみた景色 潮見

前回の新木場編の続きです。

再び三つ目通りに戻り、辰巳の森海浜公園の北側まで歩くと比較的大きな歩道橋がでてきます。辰巳歩道橋です。

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順に辰巳橋方面、辰巳の森海浜公園方面、

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辰巳JCT方面、箱崎JCT方面

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この歩道橋はガソリンスタンドを跨いで2つの道路をペデストリアンデッキのようになっています。

ここを通り過ぎると東雲東運河にでます。

順に東側、光が見えるのが漣端。西側は豊洲のビル群が見えます。

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今渡ったのが七枝橋、そして八枝橋を渡ります。

ガス管?水道管が視界を遮っています。その向こうが暁橋。流れるのは東雲北運河。

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夜景をみてこの辺を歩くのなら断然西側の歩道を歩くことをおすすめします。

さらに進んで汐見運河を渡ります。ここを渡る橋が汐枝橋。

ここからしおかぜ橋が見えるのですが、この一定間隔の灯りがまるで光の滝のようです。

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では、そのしおかぜ橋に行ってみましょう。

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なんかドラマのワンシーンにでてきそうな橋ですね。(多分使われているはず)

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東側、光の線は京葉線。西側は今渡ってきた汐枝橋です。

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この暗闇のむこうには越中島貨物駅があります。ちなみにこの橋の下には京葉線が地下を走っています。

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ここかららせん状にスロープがあるのですが、その横にも直線の階段とスロープが・・・

これはいらないんじゃない?

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ここを降りるとすぐ東京メトロ東西線の検車区が見えます。

なんか蒲田以来車両基地ばかり撮ってしますが、夜の車両基地ってなんか好きなんです。こうなったら東京の車両基地制覇しようかな。大江戸線は無理だけど。

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見上げるようなかたちになるので、普段見えないようなところも見えます。

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なんか電車に光のシャワーが降っているようです。

次回はやっと豊洲に到着する、はずです。

 

 

3/15-21までの地震活動 午前5時台の地震①

期間中の有感地震は24回でした。

M5以上、震度3以上は20日の釧路沖を震源とするM5の地震があり、足寄町などで震度3を記録した1回だけで、先週に引き続き比較的静かな1週間でした。

釧路沖を震源とする地震でM5以上は昨年の12月25日以来となります。

今回も時間帯別の地震を特集します。

今回は午前5時台前半の主な地震です。

5:01 1996年11月7日 父島近海 M6.6 小笠原村で震度3

    2006年6月12日 大分県西部 M6.2 呉市などで震度5

・この地震で西日本各地で6人が重軽傷。新幹線、在来線にも大きな影響が出ました。佐伯市では土砂崩れも発生しました。大分ではこの年3月27日にも震度5弱の地震がありました。

5:04 1928年11月1日 北海道東方沖 M6

    1936年11月13日 択捉島南東沖 M6

5:08 1964年7月1日  オホーツク海南部 M6.3

5:10 1935年2月20日 千葉県北東部 M6

5:11 2001年8月14日 青森県東方沖 M6.4 八戸市で震度4

・この地震で1人が怪我、東北各線が最高で1時間半遅れ、八戸自動車道も2時間にわたって通行止めになりました。

5:12 1964年5月8日 青森県西方沖 M6.5

5:14 1930年5月17日 静岡県伊豆地方 M5.8 伊東測候所で震度5

・過去に何度も触れましたが、この年11月26日に北伊豆地震が発生しました。

5:15 1986年12月1日 宮城県沖 M6 石巻市で震度4

5:17 1929年4月1日 三陸沖 M6.1

5:18 1937年4月30日 日本海北部 M6.5

    1979年5月19日 硫黄島近海 M6.4

5:20 1970年12月7日 北海道東方沖 M6.1

5:21 1926年3月9日 根室半島南東沖 M6.4

    1985年4月4日 小笠原諸島西方沖 M6.4

5:23 1958年11月13日 択捉島南東沖 M6.9 釧路市で震度3

・11月7日に発生したM8.1(釧路市で震度5)の余震です。

    1983年8月26日 大分県北部 M6.6 広島市中区などで震度4

5:25 1934年10月6日 十勝沖 M6..2

5:29 1927年3月12日 京都府沖 M5.2 豊岡市で震度5

・3月7日に死者2900名以上をだした北丹後地震の余震です。

    1944年10月3日 青森県東方沖 M6.3 

    2001年12月9日 奄美大島近海 M6 奄美市で震度5強

・名瀬市で水道管に亀裂がはいり一時断水、また屋根瓦が落ちたりした。

午前4時台に比べると大きな地震は少ない印象はありますが、それでも油断は大敵です。

最後に3月25日に発生した主な地震です。

まず一番忘れてはいけないのが2年前の午前9時41分能登半島を震度6強の地震が襲いました。

自分にとっても石川県は親族がいることもあり、気がきでなかったのを思い出します。

この地震では1人がなくなり350人以上の負傷者、680棟もの家が全壊、輪島空港も閉鎖され、能登有料道路や能越道も土砂崩れや陥没、七尾線も寸断されるなど大きな被害がでました。また18時11分にはM5.3の余震があり、輪島で震度5弱を記録しました。

それ以外の地震では

1926年 釧路沖でM6.3 根室市で震度4

1961年 千葉県東方沖 M6.1 銚子市で震度4

1978年 択捉島南東沖 M7.3の地震をはじめM5以上は1926年以降19回ありました。

東京夜景 歩道橋からみた景色 新木場

今回は新木場を歩きます。

まだ明るいので駅を出て左側、荒川河口方向へ歩きます。

しばらく歩くと京葉線、首都高湾岸線の橋が見えてきます。

橋の向こうには葛西臨海公園の観覧車も見えます。

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ここから新木場緑道公園を歩きます。左側は海、右側は有楽町線の引込み線です。

この先に東京へリポートがあり、時折低空で真上をへりが飛んでいきます。

そしてこの緑道公園から通称緑と海の橋を渡ると、有楽町線の検車区が見渡せます。

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メトロと東武の車両が待機中。なんか海と地下鉄って変な組み合わせ・・・その向こうは東京ヘリポート。

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さあ、東側は月がでて、観覧車も輝きだしました。西側もビル群に夕陽が落ちていきます。

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橋を渡りきると警視庁第七方面交通機動隊です。建物の中には白バイが。

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再び新木場駅の前を通り過ぎ、辰巳方向に向かう途中にある新曙橋から撮影。

この時間は数分で空の色が変わっていくので飽きない。

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上を走るのが京葉線。下を行くのが有楽町線。説明文いれないとちょっとわからないですね。この写真は。

ここから辰巳ジャンクション方向へ。ここから歩道橋からみた景色スタートです。

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ジャンクションの下からのぞくビルが一層景色を映えさせます。

このジャンクションの下をくぐるのが辰巳の森歩道橋です。

歩道橋からみた夜景。

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ハイウェイが夜空に吸い込まれていくようです。この歩道橋は辰巳の森緑道公園と有楽町線辰巳駅を結びます。

ここからは都道319号、首都高深川線の下を北上します。

辰巳の森海浜公園と都営辰巳アパートを結ぶのが辰巳団地歩道橋です。

順に辰巳Jct方面、箱崎方面。

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ちょっと道をはずれて団地の前の歩道橋、辰巳一丁目歩道橋。

順に海浜公園方面、辰巳橋方面。

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次回はここから潮見を経由して豊洲に向かいます。

 

3/8-14までの地震活動 午前4時台の地震②

期間中の地震は23件でした。

M5以上の地震も震度3以上の地震もありませんでした。

今回は時間帯別地震、午前4時台の後半です。

4:31 1990年4月1日 根室半島南東沖 M6

4:32 1926年4月7日 十勝沖 M6.1 

    1933年3月12日 小笠原諸島西方沖 M6.6

4:33 1936年1月8日 京都府南部 M4.5  京都中京区で震度5

    1938年11月8日 福島県沖 M6.6

    1997年4月3日 鹿児島県薩摩地方 M5.7

・薩摩川内市などで震度5強、この地震で鹿児島県内で5人が重軽傷、川内市や宮之城町で4棟が半壊。3月26日の地震から総地震回数は400回を越えました。

    2008年1月26日 石川県能登地方 M4.8

・輪島市で震度5を記録しましたが、緊急地震速報は出ませんでした。

4:34 1933年12月5日 オホーツク海南部 M6.9

    1981年1月23日 三陸沖 M6.6

4:39 1930年3月9日 伊豆半島東方沖 M4.9  伊東測候所で震度5

4:40 1926年6月12日 詳細不明 日田市で震度5

    1991年11月27日 浦河沖 M6.3 浦河町で震度4

4:41 1933年3月3日 三陸沖 M6.2

4:42 1993年8月8日 北海道南西沖 M6.3 

・奥尻町で震度5、7月12日に発生した北海道南西沖地震の余震です。

4:43 1943年4月13日 茨城県沖 M6.2

4:44 1926年5月27日 青森県東方沖 M6.4

4:47 1938年3月25日 択捉島南東沖 M7.3

4:48 1942年3月6日 留萌支庁中北部 M6.5

    1967年10月14日 長野県北部 M5.3 長野市で震度5

4:50 1930年5月29日 詳細不明 日光市で震度5

    1943年3月5日 鳥取県東部 M6.2

・鳥取市で震度5、3月4日にM6.2の地震があり同じく鳥取市で震度5のじしんがありました。

    2003年9月26日 十勝沖 M8

・2003年十勝沖地震 浦河町などで震度6、死者1名、不明1名、負傷者849名、全壊116棟。1.3メートルの津波が発生し、各漁港が被害にあいました。またJRは特急まりもが脱線。1人が怪我をしました。釧路空港でも天井が落下し欠航が相次ぎました。

4:51 1933年5月2日 択捉島南東沖 M6.1

4:55 1991年12月13日 千島列島 M6.3

4:56 1937年5月29日 硫黄島近海 M6.5

    1937年7月27日 宮城県沖 M7.1

・宮城県沖地震 石巻市などで震度5を記録しました。

     1952年3月5日 釧路沖 M6.4

4:59 1914年3月15日 秋田県内陸北部 M7.1

・秋田仙北地震 秋田市で震度5、死者94名、負傷者324名、全壊640、半壊483.強首村では全ての家屋が壊れ、付近では震度7程度はあったとみられています。

    1971年6月11日 青森県西方沖 M6.1

上記のとおり前回特集した4時台前半編とあわせても大きな地震が多発しています。

最後に過去3月18日に発生した主な地震です。

1839年 北海道厚岸地方で大地震。天保の三大地震のひとつといわれています。

1855年 石川県でM6.5 死者200名以上。

1915年 十勝沖でM7 死者2名。

1987年 日向灘 M6.6 宮崎市で震度5 日之影町で落石。死者1名。以前宮崎県の地震特集で記述しているので詳細は割愛します。

1988年 東京23区 M5.8 千葉市中央区などで震度4

・東京、千葉、埼玉で10人が負傷。内房線が2時間ストップしました。またJRや東京ガスの地震計は震度5を示していました。

1926年以降M5以上の地震は24回。一番近いものでは昨年の父島近海で発生したM5の地震がありました。

東京夜景 昭和通り 京橋

  歌舞伎座をでて昭和通りを東側へ進む。

最初の歩道橋。写真を拡大すると歩道橋の名前はかいてあるのですが、判別できません。

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順に銀座方面、宝町方面。

首都高をくぐると宝町歩道橋。

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味の素本社の脇の道を曲がると都心環状線を跨ぐ宝橋を渡ります。

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順に江戸橋Jct方面、汐留Jct方面。

ビルの中へアップダウンを繰り返しながら吸い込まれている光景はまるでゲームのよう。

逆か・・・ゲームがリアルすぎるのか。

首都高宝町料金所付近。

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ここも導線が短いことに加え、カーブしながらすぐ料金所。右折する場合、大型は大変そう・・

ちょっと短いですが今回はここで終了。

次回は新木場近辺を歩きます。

 

3/1-7までの地震活動 午前4時台の地震①

この期間中の有感地震は21回でした。

M5以上は7日の十勝沖のM5.4、浦幌町、十勝大樹町での震度3、またこれ以外の震度3以上は同じく7日の熊本県熊本地方の宇城市の震度3、M2.7、震源地は宇城市(小川町北小野)と推定されます。

この週はM5以上も震度3以上も一度もない週かと思われましたが、最後に2つ続けて発生しました。

今回は時間帯別の主な地震を調べてみました。午前4時台の前半です。

4:00 1929年10月6日 根室半島南東沖 M6.2

4:02 1930年11月26日 静岡県伊豆地方 M7.3 

・北伊豆地震 三島市で震度6、死者、行方不明は272人。函南町や伊豆市にかけて山崩れや家屋倒壊などの被害を多く出しました。

4:05 1966年2月7日 長野県中部 M4.9

・長野市で震度5 松代群発地震

    1970年5月28日 三陸沖 M6.2

    1990年10月1日 宮古島近海 M6.1

4:06 1984年8月7日  日向灘 M7.1

・宇和島市などで震度4、また宮崎県内で負傷者9名

4:07 2001年12月8日 神奈川県西部 M4.6

・上野原市で震度5

4:08 1931年9月9日 茨城県沖 M6.2

    2003年7月28日 宮城県北部 M5.1

・涌谷町などで震度5

4:09 1934年4月7日 福島県沖 M6.2 福島市で震度4

4:11 1938年11月8日 福島県沖 M6 

4:14 2007年8月18日 千葉県南部 M4.8

・千葉県一ノ宮町で震度5 千葉県内で1名負傷。外房線などが運転を見合わせ。

8月13日頃から活動が活発化していました。

4:16 1932年4月5日 鳥島近海 M6.3

    2005年6月3日 熊本県天草・芦北地方 M4.8

・上天草市で震度5、長崎県内で1名負傷。九州新幹線や在来線に影響がでました。

4:17 1935年12月18日 石垣島近海 M6.9

4:19 1946年12月21日 和歌山県南方沖 M8

・南海地震 和歌山市などで震度5、死者1300人を越える巨大地震でした。

    1952年10月27日 三陸沖 M6.3

4:20 1940年10月18日 広島県 詳細データはありませんが庄原通報所で震度5を記録しています。

    1945年8月29日 鳥島近海 M6.5

    1947年7月17日 和歌山県南方沖 M6..1

    1968年10月8日 小笠原諸島西方沖 M7.4

4:23 1987年4月17日 福島県沖 M6..1

    2000年8月4日 新島・神津島近海 M4.8

・新島村で震度5 群発地震です。

4:25 1930年7月23日 択捉島付近 M6.6

    1969年4月1日 日本海中部 M6.5

4:27 1927年8月19日 八丈島東方沖 M6.4

    1971年2月26日 新潟県上越地方 M5..5

・上越市で震度4、震源が浅く、地盤沈下やがけ崩れ、なだれの被害がありました。負傷者は13名。

4:28 1992年10月18日 詳細不明 竹富町で震度5

・14日頃から規模の大きい群発地震が続いていました。

4:29 1937年3月22日 岩手県沖 M6.3

    1968年5月23日 岩手県沖 M6.3

こうやってみると規模の大きな地震が多いですね。

最後に3月11日に過去発生した主な地震です。

古くは1853年の小田原地震 M6.7

1927年以降ではM5以上は30回。主なものでは

1930年 オホーツク海南部でM6.7

1936年 三陸沖 M6.1

1951年 青森県東方沖 M6.1

1958年 宮古島近海 M7.2 宮古島市で震度5

ちなみに昨年は北海道東方沖でM5.6の地震があり、根室市で震度3でした。

東京夜景 歩道橋からみた夜景と歌舞伎座

ゆりかもめの新橋駅の下を抜け、ペデストリアンデッキをあがるとビル風が非常に冷たい。

昼間の暖かさが嘘のようだ。

その分空気もピリッとしまっていて、夜景も映える。

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電通本社、汐留タワー、ナショナルセンターと暮れかかった空を射抜く。

ペデストリアンデッキを首都高側へ歩くと歩道橋が見えてくる。

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まずは首都高の真下から、芝浦方面。

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新橋駅方面と東銀座方面。

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そしてこの歩道橋の脇、ビルに囲まれたなかに新橋停車場がある。

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駅舎の一部とホームの一部が再現しており、建物の中には歴史展示室もあるが、残念ながらこの時間はすでに閉館。機会があればいってみたい。

屋根のないホームの骨組みからみた空の色がなんともいえない。

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0キロポスト、あらゆる意味でここが起点。

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当時の実際、発掘されたホームの遺構も保存されている。

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昭和通りを日本橋方向に向かうとすぐに威厳のある建物がみえてくる。

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いろいろと話題になった歌舞伎座。何度か消失しているため、今の建物は昭和のものではあるが、国の登録文化財である。

文化財ってそんな簡単に壊していいの?

百歩譲って建て替えたとしても、せめて移築して保存とかできないものだろうか・・・

なんか都知事はこの建物嫌っているみたいだし、どこか町おこしで!と思ってしまうが、そんな予算捻出できないか・・・

今後どうなるかわからないので、細部まで撮ってみた。

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そして裏側。こちらを撮る人はまずいないとおもうけど・・・

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この灯りは、なかなか新しい建物には出せない気がする。

今日はここまで。歩道橋から見た夜景。って1箇所しかないじゃん。といった突っ込みがきそうだが、今回行き当たりばったりだったので・・・

次回、宝町、京橋方面へ続く。

 

 

東京散歩 京橋から新橋まで近代建築を見に行こう

今回ははじめて、事前に下調べも、ここに行こうという目的もなくスタートしました。

まずは京橋から。

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橋の欄干を意識したような交番。その脇に京橋の親柱が残されていました。

そういえば以前ブログにも書きましたが、日比谷公園にも京橋の柱がありますよね。

交番の向かい側にも京橋のシンボルが。

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そして対の柱もあるのですが、完全に埋もれてしまっています。

この隣りには警察博物館があり、ピーポ君が出迎えてくれています。

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1階は白バイや警察のヘリコプター「はるかぜ1号」が展示されています。

これ扉、最初からないのですかね?昔、本か何かでこのようなスケルトンのようなへりは見たことありますが、これはちょっと怖い。

2階から上は撮影禁止。警察の歴史や歴代の制服、殉職した警察官を称えた遺品などが展示してあります。(血がついているものもあり、ちょっと生々しいものもありました。)

また鑑識の道具や各都道府県警のエンブレム(みんな一緒だと思っていましたが、かっこいデザインあり、はたまたダサイものもあり・・・)なども展示してあります。

無料なので近くにこられた際はおすすめです。

遠くにお住まいの方は、サイトにバーチャルツアーなるものがありますので、クリックしてみてはいかがでしょうか。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no3/welcome/tour0.htm

警察博物館を出て日本橋側、鍛冶屋橋通りに建設中?のビルがありました。

京橋創生館という建物で時間によって緑や赤に光ります。

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そのはす向かいに明治屋の建物が見えてきます。

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普通に営業していますが、この建物も歴史は古く、昭和初期のもの。

至るところに歴史を感じます。区の文化財にも指定されています。

またこの近くにある、片倉ビルも歴史を感じさせる建物です。

再び方向を変えて今度は銀座方面へ向かいます。

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夕闇迫る歩行者天国。こころなしか寂しくみえる。

そして三越銀座店。

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もう少し暗くなって、ライトアップしたところを撮ってもよかったかなと。

右側は路地から撮ったものです。あまり裏側を撮る人はいないと思ったので。

新橋に到着。汐留のビル街を抜けます。

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そろそろ暗くなってきました。次回は東京夜景編です。

2/22-28までの地震活動 北海道日高地方の地震

この期間中の有感地震は25回でした。

M5以上は22日の十勝沖のM5.4、28日の日高支庁西部のM5.3、千歳市などで震度4を記録しました。

震度3以上は22日の揖斐川町の震度3、24日の出雲崎町の震度4、震源地は出雲崎町稲川付近と推定される自身がありました。

今回はその中で28日に発生した日高支庁の地震を調べてみました。

今回の地震は義経峠というところの近辺で発生したと推定されます。深さも113キロと深いところです。

日高支庁西部は1926年以降M5以上の地震は今回を含めて6回発生しています。

その中で規模が比較的大きかったのは1950年1月13日のM5.7。

日高支庁東部は1994年まではM5.6以下の地震は頻繁に発生しており1926年以降では47回発生しています。

その後2003年11月24日にM5.3、幕別町で震度4を記録して以来、大きな地震は起きていません。

日高支庁中部は18回、M5以上を記録しており、そのなかでも1930年12月13日のM6.5、1932年11月26日M6.9の地震がありました。

なかでも後者の地震は浦河町で震度5を記録、震源は新ひだか町静内浦和付近と推定されます。

また2003年9月28日にはM5.2の地震が発生、この地震は26日に発生した十勝沖地震(M8、浦河町で震度6)の余震のひとつと思われます。

最後に過去3月3日に発生した主な地震です。

1930年 静岡県伊豆地方でM4.5 伊東で震度5

・この地震以降5月まで群発地震が続き、伊東で震度5を連発しました。

そして11月の北伊豆地震が発生します。

1933年 三陸沖でM8.1 宮古市で震度5

・昭和三陸地震です。岩手県田老町を中心に津波による被害が大きく死者、不明3000名以上を出しました。

このときは最大で28.7メートルの津波がありました。

またこの日だけでもM5以上の余震が13回ありました。

1980年 沖縄本島北西沖 M5.8、その8分後にM6.7.

1997年 伊豆半島東方沖 M5.5 伊東市で震度5

・この日未明から群発地震が始まり、この地震で石垣が崩れたり、倉庫が半壊するなど被害がでました。また3人が怪我をしました。

ちなみに2004年の根室半島南東沖でM5.4を記録して以来、M5以上の地震は発生していません。

1周年ということで振り返ってみよう 宮城・福島編

宮城県

この当時はまさかこんなに早く東京に戻ってくるとは思ってなく、いつでもいけるという気持ちから宮城県内の散策は後回しにしていました。

その結果白石だけという内容に・・・

他にもまわりたい候補はいっぱいあったのですが。

・白石

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白石城と温麺です。白石城はその前に訪れた人形の館というところの展示内容にはまってしまい、大幅に時間をロスしたことや、復元されたということから滞在時間は短かった・・

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そして武家屋敷。イメージしていたのは角館のような武家屋敷群だったのですが、ちょっと違っていた。

今、武士萌えとか歴女とか流行っていますが、ここ白石は片倉小十郎のお膝元。この武家屋敷も片倉に使えていたものの屋敷、館内の資料には家来は厳しい生活を強いられていたとのこと。でもこの佇まいはちょっぴりうらやましい。

・大河原

一目千本桜。去年は桜を見まくった。観光地ということもあってかどこも酒盛りみたいなバカ騒ぎをしていなかったのも好印象。

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福島県

ブログの投稿本数としては福島ネタが一番多かったと思います。それぞれ町の表情が違い興味を惹きつけられました。

なかでも会津若松は好きな町のひとつで、何度も訪れました。

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鶴ヶ城、右二つは日新館です。

ここにずっといるととても落ち着きます。

そのうち流れる雲や風の音、匂いが五感を刺激します。

・喜多方

ラーメンだけではありません。

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・いわき

いわき市といっても平、小名浜、湯本とそれぞれの地区で街並みは全く違います。

湯本インターから市街地へ出る途中のエセ南国風な光景はなんともいえない。

歩いたのはいわき駅前と小名浜を少し歩いただけだけど、あの当時工事中だったいわき駅、今どうなっているのだろう。

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五所川原のときも感じたのですが、再開発の最中って期待感もあるのですが、その町の個性が奪われていくような気もして一抹の寂しさもあります。

・福島

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この頃は古い建物に夢中になっていた。しかも現役。

・飯坂温泉

ローカル線に乗るのはひとつの楽しみでもあるのですが、弘南、十和田に続き、ここでも東急にでくわすとちょっとがっかり。

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福島市内から20分ほどでいける飯坂温泉。いかにも温泉街といった感じだが硫黄臭くなかった。

・郡山

町がひろく、郊外にいけばいくほど発展しているのですが、特徴をつかまえきれず、駅前の寂しい光景しかブログに載せられなかったのが残念。

東北の中では仙台につぐ相当大きな町なんですけどね。

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・三春

滝桜&ダム

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これ一本のために何万人という人がこの時期に訪れるわけですから見事というしかありません。

・大内宿

たしかブログのネタにはしていないと思います。

前からずっと行きたいと思っていた場所でしたが、行った時期がまずかった。

人が多すぎて、完全に観光地化されていました。

夕方まで遊んでいたヒバリが印象的でした。

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・熱塩

ここもブログには載せなかったのですが、映画のロケ地のようなところです。

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日中線熱塩駅です。いまは記念館として保存しています。

完全に時間が止まっています。あまりに景色が良すぎて、自分の中でどう表現していいかわからず、ブログに載せるタイミングを逸してしまった場所です。

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生まれてからこんな光景に出くわしたことがないくせに、子供のころの原風景とか懐かしさを感じてしまう自分はなんなのでしょうか。

ノスタルジーというよりは憧れ・・・かもしれません。

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たった3年間の東北生活でしたが、十分満喫できました。

冬の寒さや春の息吹、夏の清々しさ、秋の高い空と最後の輝きを魅せる紅葉に、その木がもつエネルギーを感じるなんてこと、今まで感じたことがなかったですからね。

そして今、多くの人が歩きつくした東京を題材に歩いています。

そのなかで何か新しいものにたどりつけることを信じて歩き続けようと思います。

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