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2012年3月

3月31日に過去発生した主な地震

過去3月31日に発生した主な地震です。

1935年 福島県沖 M6.4

1963年 択捉島南東沖 M6.0

1995年 日本海中部 M6.2

2000年には2日前から火山性地震が多発していた有珠山が噴火しました。

31日は震度5の地震こそありませんでしたが震度3以上の地震が37回ありました。

2002年 台湾付近 M7.0 この地震で与那国町で震度3を観測したほか

宮古島・八重山地方に津波警報が発令され、与那国島で微弱な津波を観測しました。

東日本大震災の余震で震度3以上は2回と激減しましたが。16時15分に発生した宮城県沖のM6.1の地震は花巻市などで震度5弱を観測しました。

3月30日に過去発生した主な地震 

3月30日は比較的地震が少ない傾向があります。

ただ2000年は3月31日に噴火した有珠山の群発地震の影響で震度3以上の地震は突出しています。30日だけで震度3以上の地震は135回もありました。そのうち震度5は2回、震度4は34回ありました。ただマグニチュードは最大でも4.5、平均でもM2~3程度ですが、地表付近で発生しているため震度が大きくなりました。

それ以外は以下の通りです。

1931年 釧路支庁中南部 M6.4 釧路市で震度4

東日本大震災で震度3以上の余震は5回でした。

3月29日に過去発生した主な地震

3月29日に過去発生した主な地震です。特筆すべき事象はありませんが以下の通りです。

1928年 鳥島近海 M6.8 勝浦市で震度4

1965年 青森県東方沖 M6.4 

1985年 秋田県内陸北部 M6.4 盛岡市などで震度4 震源地は大館市上代野付近

2000年 有珠山が噴火し胆振伊達市で火山性地震が多発しました。29日だけで震度4を2回、震度3を14回観測しました。

東日本大震災の余震で震度3以上はこの日だけで4回ありました。このなかには19時59分に発生した福島県沖のM6.4(郡山市などで最大震度4)を含みます。

3月28日に過去発生した主な地震

3月28日に過去発生した主な地震は以下の通りです。

1914年 秋田県内陸北部 M6.1 

この地震は秋田仙北地震の余震です。沼館町で家屋全壊数戸の被害がありました。

1955年 奄美大島北東沖 M6.3

2000年 硫黄島近海 M7.9 父島で10センチの津波

非常に規模の大きな地震でしたが、128キロと深い位置で発生したこともあり大きな被害はありませんでした。

2006年 鳥島近海 M6.0 この地震も深さ439キロと非常に深い位置で発生し、震央から遠く離れた日立市などで震度3を観測するなど異常震域とみられる現象がありました。

2007年 石川県能登地方 M4.9 輪島市で震度5弱 輪島市門前町大釜付近が震源と推定。この地震は能登半島沖地震の余震です。この日はこの地震も含め震度3以上が5回ありました。

東日本大震災の余震は2011年3月28日だけで震度3以上が5回ありました。

うち7時23分の地震は宮城県沖(牡鹿半島の東80km)でM6.5と大きく石巻市などで震度5弱を観測、この地震で緊急地震速報が発表されました。また気象庁は午前7時27分、大震災後初の津波注意報を宮城県沿岸に発令しましたが津波は観測されませんでした。

また14時38分には秋田県内陸南部でM4.1の地震がありました。この地震の震央付近では1914 年3月15 日にM7.1 の地震(秋田仙北地震)が発生しています。

3月27日に過去発生した主な地震

3月27日に過去発生した主な地震は以下の通りです。

1930年 伊豆半島東方沖 M5.2 伊東で震度5  この年に発生した群発地震のひとつです。

1963年 若狭湾 M6.9 敦賀市などで震度5 

越前岬沖地震:負傷者1名、住家全壊 2,半壊 4など

1985年 国後島付近 M6.2  根室市で震度4

2006年 日向灘 M5.5 佐伯市などで震度5弱

この地震の余震活動は半日ほど活発でしたが、その後は低調に推移しました。この付近を震源とする地震でM5.0以上を観測したのは、2002年11月4日の地震(M5.9、最大震度5弱)以来です。

東日本大震災の余震で震度3以上を観測したのは27日だけで6回でした。

3月26日に過去発生した主な地震

3月26日に過去発生した規模の大きな地震は3つあります。

1997年鹿児島県薩摩地方でM6.6の地震があり阿久根市などで震度5強を観測しました。震源地はさつま町泊野付近と推定されます。震源地付近は比較的地震の少ない地域で、1968年のえびの地震(M6・1)の震源から西に約40キロ離れているところでは発生しました。余震も頻発。26日だけで震度4が3回、震度3を3回観測しました。この地震で重軽傷者37人、全壊4棟、半壊34棟、国道270号線など11か所で全面通行止め、川内市では都市ガスの供給が自動停止、JRや高速道路も運休や通行止め、鶴田町では水道管が破裂、多くの世帯が断水。阿久根では液状化現象がみられました。

2001年は安芸灘でM5.2の地震があり、東広島市で震度5強の地震がありました。この地震はこの年に発生した芸予地震の余震で家のかわらが落ちるなどの新たな被害も発生し、山陽新幹線のダイヤも乱れました。

2002年には石垣島近海でM7の地震があり津波警報が発令されました。その後13時9分から12分にかけて、与那国島と石垣島で微弱な津波が観測されました。

そのほかの地震は以下の通りです。

1972年 根室半島南東沖 M6.1 根室市で震度4

2007年は前日に発生した能登半島沖の余震が続き震度3以上が9回。うち14時46分にはM4.8の余震があり、志賀町で震度5弱を観測しました。

2011年の東日本大震災の余震で震度3以上は26日だけで11回ありました。

3月25日に過去発生した主な地震 能登半島沖地震から5年

今から5年前の3月25日の日曜日、午前9時41分頃能登半島沖を震源とするM6.9の強い地震があり、輪島市、七尾市、穴水町で震度6強、志賀町、中能登町、能登町で震度6弱を観測したほか、北陸地方を中心に北海道から中国・四国地方にかけて震度5強~1を観測しました。

親戚が金沢に住んでいることもあり、あわてて連絡をしたのを今でも覚えています。

なおこの地震に対して先行的に利用している機関に提供する緊急地震速報をはじめて出しました。
また、最初の地震波の検知から1分37秒後の09時43分に石川県に「津波注意」の津波注意報を発表しました。11時13分に珠洲市で高さ22cmの津波を観測しました。

余震は北東-南西方向に約40kmにわたって分布しており、25日だけで震度3以上の余震は18時11分のM5.3(輪島市などで震度5弱)を含む18回にのぼりました。

能登半島周辺では、1729年8月1日にM6.6~7の地震、1993年2月7日にM6.6の地震が発生するなど、被害をもたらしたM6.0以上の地震が数回発生しています。

この地震で輪島市で1人が死亡。 けが人は300人以上。全壊680半壊1740などの被害がでました。
また能登空港は、滑走路に14か所のひび割れや段差が確認されたため閉鎖、七尾線は、線路下の土砂が流出するなどしたため、全線が不通、石川、富山、新潟のJR在来線も地震直後から運転を見合わせました。高速道路も土砂崩れや陥没などの被害。輪島市など2市3町で計1万3250世帯が断水するなどしました。

そのほかの3月25日に発生した主な地震は以下の通りです。

1926年 釧路沖 M6.3 根室市で震度4

1961年 千葉県東方沖 M6.1 銚子市で震度4

1968年  鹿児島県薩摩地方 0時58分 M5.7 震度3

                     1時20分 M5.4 人吉市で震度4

この年の2月21日から群発地震が続いていました。

1978年 択捉島南東沖 M7.3 

北海道太平洋岸に津波警報が発令され、根室、釧路港で最高23センチの津波を観測。北海道東方沖では3月22,23日に規模の大きい地震が続発、2度にわたり津波警報を発令していましたが、この地震が本震とみられます。

2001年 安芸灘 M4.5 東広島市などで震度4 この年に発生した芸予地震の余震とみられます。また1年後の3月25日にもM4.7の地震があり、今治市で震度4を観測、松山市でけが人1人がでています。

2011年東日本大震災の3月25日における震度3以上の余震は6回。そのうち20時36分に発生した宮城県沖のM6.2の地震では緊急地震速報が発令されています。(気仙沼市などで震度4)

3月24日に過去発生した地震 芸予地震から10年

10年前の3月24日は2001年に安芸灘で発生したM6.7の地震。芸予地震です。

この地震は東広島市などで震度6弱を観測し九州、近畿地方などを含む広い範囲で揺れました。広島、愛媛で計2人が死亡、重軽傷者は288人に上り、家屋の被害も全・半壊800棟以上、広島市内で民家が全焼するなど3件の火災が発生。埋め立て地の同市南区の出島地区では、液状化現象も起きました。
 広島、岡山県、愛媛県の広範囲で停電、広島県内では水道管の破裂で断水が相次ぎました。山陽新幹線や在来線、山陽道も一時ストップ。広島県内では落石や土砂崩れの被害も相次ぎました。
安芸灘周辺を震源とする地震で、マグニチュード6以上の規模の主なものは江戸時代以降、5回発生。1649年の地震から86年までは間隔が短かったものの、その後は1857年、1905年、49年と約50年周期で起きています。芸予地震では、2年前から前震と見られる地震が15回発生。 1905年の芸予地震も発生の2年前から震源域付近で地震が頻発。1903年3月21日の地震など同年に9回、1904年に3回、1905年には芸予地震の前に3回起きています。

それ以外の3月24日に発生した主な地震は以下の通りです。

1899年 宮崎県南部山沿い M6.4

1960年 三陸沖 M6.0 数日前に発生したM7.0の余震です。

1984年 択捉島南東沖 M6.8 津波警報発令 根室で9センチの津波

1986年 奄美大島近海 M6.1 奄美市で震度4

1987年  新潟県上中越沖 M5.9 上越市で震度4 東北地方の日本海沿岸から能登半島の沿岸にかけて津波注意報を発令

1999年 奄美大島北西沖 M6.1

2011年東日本大震災の余震で震度3以上は24日だけで6回。

うち5時33分の茨城県沖はM4.7 ひたちなか市などで震度4

17時20分には岩手県沖でM6.2 石巻市などで震度5を観測。

なお8時56分には茨城県南部でM4.8 鉾田市などで震度5(震源地はつくば市作谷付近と推定)の地震がありました。この地震は、フィリピン海プレートと陸のプレートの境界付近で発生した逆断層型の地震で、東北・上越新幹線の運転を一時見合わせました。この地震の震源付近はM5.0程度の地震が年に1回程度の割合で定常的に発生し、東日本大震災の余震とは別と考えられています。

3月23日に過去発生した主な地震 福島県浜通り

東日本大震災から12日たった3月23日再び余震活動が活発化しました。きっかけは7時12分の福島県浜通りでM6、いわき市で震度5強を観測しました。震源地はいわき市三和町合戸入藪付近で緊急地震速報が発令されました。

これに続いて7時34分にM5.5(いわき市震度5強・緊急地震速報)、7時36分にM5.8(震度5弱・震源地はいわき市常磐藤原町田代付近)、18時55分に再びM4.7(震度5強)の地震がありました。

そのほかにも1時12分の茨城県沖M5.4、8時47分、千葉県東方沖M5.0の地震でも緊急地震速報が流れるなど、忙しない一日でした。

この地震を含め東日本大震災関連の余震は震度3以上だけでも16回もありました。

それ以外のものは以下の通りです。

1960年 三陸沖 M6.7 M6.1などM5以上が23日だけで9回。 3月21日に三陸沖で発生したM7.2の余震がこの日も続いていました。

1966年 与那国島近海 M6.3

1970年 秋田県内陸北部 M5.5 

震源地は北秋田市七日市葛黒付近と推定。この地震で負傷4名、全壊19棟の被害がありました。

1975年 石垣島南方沖 M6.4

1978年 択捉島南東沖 6時34分M6.5

                 9時30分M6.7、

気象庁はこの地震の直後北海道の太平洋岸に津波警報を発令。また9時47分には東北地方太平洋岸に津波注意報を出した。しかし各地とも目立った潮位の変化は見られず午前11時に解除しました。

                 11時36分 M5.6

             そして12時15分M7.0 

再び北海道太平洋岸に津波警報を発令。午後1時5分根室の花咲港で18センチの津波の一波を観測しました。

2001年 北海道東方沖 M6.0

このように過去3月23日は南で北で規模の大きな地震が数多くありました。

3月22日に過去発生した主な地震

3月22日に過去発生した主な地震は以下の通りです。

1849年 根室半島南方沖 M7.6 釧路市で推定震度5~6

大津波が発生。釧路市で1人が死亡。前日にも前震あり。厚岸でも全壊被害がありました。

1894年 根室半島南東沖 M7.9 

1900年 福井県嶺北 M5.8 

負傷者6名、家屋全壊2棟、半壊10棟、山崩れなどの被害

1930年 静岡県伊豆地方 M5.9 伊東測候所で震度5 震源地は伊東市杉山洞周辺

伊豆半島東方沖で発生した群発地震で終息してきたころに北伊豆地震が発生しました。

1937年 岩手県沖 M6.3

1942年 トカラ列島近海 M6.5

1944年 青森県東方沖 M6.1

1978年 択捉島南東沖 M6.5

2005年 福岡県北西沖 M5.4 福岡市西区で震度4 福岡県西方沖地震の余震

福岡市中央区で看板の落下により1人けが。

2011年東日本大震災の余震は3月22日だけで震度3以上が12回と増加傾向にありました。

12時38分に千葉県東方沖でM5.7 いすみ市などで震度4を観測、緊急地震速報がでたほか16時19分と18時19分に福島県沖でM6.3、18時44分に三陸沖でM6.2の余震がありそれぞれ震度4を観測しています。

3月21日に過去発生した地震 浦河沖地震から30年

2012年3月21日は浦河沖地震からちょうど30年になります。

1982年のこの日午前11時32分浦河沖を震源とするM7.1の大きな地震がありました。浦河町で震度6を観測したほか北海道のほぼ全域と東北地方北部で強い揺れに見舞われ、揺れは関東、甲信越、静岡地方まで広がりました。震源域から約100km離れた札幌市や石狩支庁でも、局所的に震度5相当の揺れがあり、被害がでました。

この地震により北海道を中心に重軽傷105人、建物の倒壊100戸、日高線の静内ー様似間で40箇所の路面陥没し全面的にストップ、国道235号も通行不能となりました。さらに日高地方を中心に断水、電話不通の被害があり。北海道各地で停電の被害がありました。また浦河で最高80センチの津波を観測しました。

本震に先立つ午前7時35分、浦河で震度3の前震がありました。この地域で発生したこれまでに知られている地震のうちでも最大規模のものでこの地域で発生した地震としては初めて津波が記録されました。津波は、地震後約4分で浦河に到達し、検潮所で135cmが観測されたが、特に被害はありませんでした。最大余震は本震の約8時間後に発生したM5.8でした。

それ以外の主な地震は以下の通りです。

1960年 三陸沖 M7.2 宮古市で震度4

岩手、青森、山形で小被害、津波も発生しました。本震の発生は午前2時7分で午前9時34分にはM6の余震も発生しました。

2011年東日本大震災による震度3以上の余震は21日だけで9回、すべて福島県沖か茨城県沖、茨城県北部を震源とする地震でした。また最大は14時8分の茨城県沖のM5.2でした。

3月20日に過去発生した主な地震 福岡西方沖地震から7年

2005年3月20日午前10時53分福岡県西方沖地震(M7.0)が発生しました。この日は日曜日で地震速報をみたとき、まさか福岡で大きな地震があるとは。という衝撃と大都市を震度6弱相当の地震が起こったことや地震に不慣れな土地での災害にかなりの被害がでるのではと覚悟したのを覚えています。

実際の被害は、福岡市内で女性が倒れたブロック塀の下敷きとなって死亡し、福岡、佐賀、長崎3県で1087人がけが。震源に近い玄界島では、島にいたほとんどの住民が島外避難しました。この玄界島ではほぼ全世帯が被災しました。

また福岡市を中心に133棟が全壊、244棟が半壊しました。福岡市や北九州市では、マンションや駅ビルのエレベーターに人が閉じこめられたり、水道管が破裂したりするなどの被害が相次ぎました。 山陽新幹線は最高で約4時間30分止まり、福岡空港では約30分間、離着陸できなくなりました。

大分県中津市では水道管が破裂し国道212号線が冠水。佐賀県武雄市などでも断水、福岡市、北九州市内などからのガス漏れ通報が相次ぎ、福岡市西部などで停電するなど被害がありました。

この地震により福岡市東区、中央区、前原市、佐賀県みやき町で震度6弱を観測したほか、北九州を中心に関東地方の一部から九州地方南部にかけて震度5強から1を観測しました。気象庁は10時57分に福岡県日本海沿岸と壱岐・対馬に、「津波注意」の津波注意報を発表しましたが津波は観測されませんでした。

福岡県内で大きな地震があったのは、1898年の糸島地震以来107年ぶりのことでした。

そのほかの3月20日に発生した主な地震は以下の通りです。

1926年 青森県東方沖 M6.0 

1939年 日向灘 M6.5 宮崎市で震度4 

死者1名。宮崎市では殆どの家屋に被害があり、津波発生、室戸岬で全振幅80cm、油津で16cm

1972年 青森県東方沖 M6.4 青森市で震度4

2011年東日本大震災の余震で震度3以上のものは20日は8回。最大は10時30分の福島県沖のM5.7.二本松市などで震度4を観測しています。

また14時19分の福島県浜通りのM4.6の地震では緊急地震速報が出ました。

3月19日に過去発生した主な地震

365日ある中で過去80年くらい遡っても大きな地震がない1日はそこそこあります。3月19日もその中の一日です。

2012年3月19日も同じように静かな一日であることを願って。

ただ地震は必ず起こるもの。そして東日本大震災や阪神大震災以外にも風化させないためにも、過去会った地震を記録していくつもりです。

1929年 三陸沖  M6.2  宮古市などで震度1

1941年 三陸沖  M6.2 宮古市などで震度3

1944年 東京都23区 M5.3 千代田区で震度3 震源地は世田谷区野沢2丁目付近と推定されます。

2011年 茨城県北部 M6.1 日立市などで震度5強 緊急地震速報

震源地は高萩市上君田付近と推定されます。この地震は東北地方太平洋沖地震の余震と考えられます。またこの地震で、群馬県太田市で女性が、強い揺れに驚いて屋外に飛び出た際に転倒しけがをしました。茨城県では水戸市で11日の大地震で半壊していた建物1軒が全壊したほか、下妻市で道路が2か所陥没するなど被害がありました。

3月18日に過去発生した地震

過去3月18日に発生した地震を古い順にあげていきます。

1855年石川県でM6.5の地震 金沢市などで死者少なくとも203人

1915年 十勝沖 M7.0 1839年の同じ日にも大きな地震があったといわれています。

1987年 日向灘 M6.6 宮崎市の沖合40キロが震源 宮崎市で震度5

九州東岸と山口県の瀬戸内海側、鹿児島県薩南諸島全域に津波警報を発令。室戸岬では最大7センチの津波を観測。3月19日日午前0時まで震度3を含む有感、無感57回の余震が続きました。この地震で、宮崎県日之影町の県道で郵便物を運んでいた軽乗用車に、崩れ落ちた石が当たり、川原に転落、死亡。高崎町でも、ショック死した。このほか5人が重軽傷を負いました。NHKは津波警報の緊急放送をはじめて流しました。

1988年 東京都23区 M5.8 千葉市中央区などで震度4

東京で8人、千葉、埼玉で各1人の計10人がケガをしました。また、地震の影響でJR内房線が2時間半にわたってストップしたのをはじめ、東海道・山陽新幹線や在来線のダイヤが乱れました。都心部を震源地とする「東京直下型」地震でマグニチュード6を超えたのは、昭和に入って初めてのことで体感で感じる揺れは三十秒以上も続きました。ただ今回は九十キロと深く、幸い大きな被害にはなりませんでした。東京ガスが鉄道会社が独自に設置している地震計はいずれも震度5(強震)、世田谷区役所の地震計は、震度5に相当する97ガルを記録していたこともあり、気象庁の震度3の発表に抗議が殺到した地震でした。

あれから25年たった2012年3月16日埼玉県南部の深さ100キロ(推定)を震源とするM5.2の地震がありました。偶然でしょうか?

また2011年東日本大震災の余震、長野県北部の地震の余震で震度3以上は3月18日だけで12回と発生から1週間のこの日は余震の回数も多い日でした。

3月17日に過去発生した地震

3月17日にこれまで発生した地震です。特に特筆すべき事象はありませんが主なものは以下の通りです。

1959年 沖縄本島近海 M6.0

1965年 青森県東方沖 M6.4 盛岡市 震度4

1969年 三陸沖 M6.0

1996年 小笠原諸島西方沖 M6.6

2011年 千葉県東方沖 M5.8 銚子市など震度4 緊急地震速報

3月16日に過去発生した地震

3月16日に過去発生した主な地震は以下の通りです。

1927年 青森県東方沖 M6.5

1931年 岩手県沖 M6.0 この年の3月9日に発生した三陸沖のM7.2の余震です。2012年の今の状況に似ています。

1961年 鹿児島県薩摩地方 M5.3 吉松地震

3月14日から6月にかけて桐島山付近を震源とする地震が続き、4月14日から21日までの1週間にえびの高原で有感10回、無感505回の地震を記録。鹿児島県吉松町では住民が一時避難した。吉松町では、地割れ、がけくずれ、落石等の被害。

1963年 千島列島東方沖 M7.1

1978年 小笠原諸島西方沖 M6.6

1997年 愛知県東部 M5.9 豊橋市で震度5強 震源地新城市富永付近

気象庁が震度階級を従来の8階級から10階級に細分化して以来、「5強」は初めて。
 この地震の影響で東海道新幹線が三島―京都間で送電がストップ。住宅や公共施設にも被害が出たほか、愛知、岐阜の2県では、4人が落下物を頭に受けるなどしてけがをした。
 豊川市役所で83枚の窓ガラスが割れたのをはじめ、11の公共施設や、7つの学校、市民病院などで窓ガラスが破損。道路五か所では、落石事故も起きた。震源地に近い愛知県新城市では発生直後から約40分間にわたり、5600世帯が断水した。

2011年 千葉県東方沖 M6.1 銚子市 震度5弱 緊急地震速報 東日本大震災の余震

3月15日に過去発生した地震 秋田強首地震から98年

3月15日。1914年秋田県仙北郡大沢郷村(現・大仙市)を震源としたM7.1の地震がありました。秋田市で震度5を記録し、94名の死者を出しました。この地震は3月3日以降前震が頻発しました。

以降のM6、もしくは震度5以上の地震は以下の通りです。

1930年 静岡県伊豆地方 M4.8 伊東で震度5 群発地震のひとつ

2008年 父島近海 M6.6

2011年 福島県沖 M6.2 桑折町など震度4 東日本大震災の余震

2011年 静岡県東部 M6.4 富士宮市などで震度6強 緊急地震速報

富士宮市粟倉2475が震源地。重傷者2名、軽傷者48名

笛吹市、身延町、山中湖村で住宅計15棟が一部損壊。三島市役所では天井の一部が落下。富士宮市では電柱が複数倒れた。

補足ですが2011年3月14日に2つ大きな地震がありました。ひとつは三陸沖でM6.8、津波も20センチ観測されました。もうひとつは千葉県東方沖でM6.1、銚子などで震度5強の揺れを観測しました。

東日本大震災から1年ちょっと、どちらの地震も余震域の北端と南端、とくに三陸沖のほうは地震の空白域で発生したことから今後の推移を見守りたいと思います。近域では1994年12月の三陸はるか沖地震(M7.6)が発生しています。この地震のあと95年1月7日に再びM7.2の余震としては大きなものが発生しています。三陸、岩手沖は比較的規模の大きな地震が続く傾向があります。

3月14日に過去発生した主な地震

過去3月14日に発生した主な地震は以下の通り。

1872年島根県でM7.1の地震。浜田地震とよばれ500人以上の死者を出しました。

1941年 三陸沖 M6.0

1943年 茨城県沖でM6.1、M6.3

1999年 新島・神津島 M5.1 神津島で震度5

伊豆諸島で断続的な地震があり、6時38分、神津島で震度1を観測してから活発化し、9時から10時にかけてピークに達しました。この1時間の地震回数は101回で、そのうち体に感じる地震は22回。神津島では震度5弱のほか、同4が1回、同3が4回観測されました。
 この地震で島南部のがけで落石が起き、軽乗用車を直径約一メートルの岩が直撃。車の助手席側が大破。

2010年 福島県沖 M6.7 楢葉町 震度5弱 緊急地震速報

この地震の影響で、新幹線やJR各線に遅れが出ました。また、仙台市で一人がけが。
福島県富岡町で住宅2棟の屋根瓦が落下したほか、楢葉町の民家で土蔵の壁がはげ落。今回の震源付近では、2007年11月26日にM6.0、08年7月19日にM6.9の地震が発生し、それぞれ最大震度4を観測しました。

2011年東日本大震災の余震でM6、もしくは震度5弱以上の地震は以下の通りです。

10:02 茨城県沖 M6.2 鉾田市など震度5弱 緊急地震速報

15:12 宮城県沖 M6.5 登米市など震度4 

3月13日に過去発生した主な地震

これまでに過去3月13日に発生した地震は以下の通りです。

1906年 日向灘 M6.4

1909年 千葉県東方沖で8:19 M6.5の地震の後に23:19にM7.5 銚子で被害

1941年 三陸沖 M6.1

1952年 奄美大島北西沖 M6.1

1956年 与那国島近海 M7.8 与那国島で震度5 死者2名 津波あり 台湾でも被害

2011年東日本大震災の余震、関連する地震の主な地震は以下の通りです。

7:12 福島県沖 M6.1 

8:24 宮城県沖 M6.2 緊急地震速報 登米市などで震度5弱

10:26 茨城県沖 M6.6 緊急地震速報 潮来市などで震度4 

11:23 茨城県沖 M6.2 

20:37 福島県沖 M6.1

本震発生から3日目。規模の大きな地震が南下してきました。

3月12日に過去発生した地震と2011年3月12日ドキュメント

3月12日に過去発生した地震です。2011年より前は大きな地震は少なく、以下の通りになります。

1927年 京都府沖 M5.2 豊岡市 震度5  この地震はこの月に発生した北丹後地震の余震によるものです。

1933年 小笠原諸島西方沖 M6.6 

1941年 三陸沖 M6.2

1945年 福島県沖 M6.7

1995年 択捉島南東沖 M6.0

そして2011年3月12日に発生したM6、もしくは震度5弱以上の余震、もしくは誘発地震は以下の通りです。

0:13 茨城県沖 M6.7 香取市など 震度4

0:19 茨城県沖 M6.4 

2:17 関東東方沖 M6.1

3:11 福島県沖 M6.1 緊急地震速報 (警報) 実際は震度3

3:59 長野県北部 M6.7 栄村 震度6強 緊急地震速報

このあたりから緊急地震速報が乱発、しかも正しい震源地、予想震度が出なくなり、実際に秋田県や新潟県といった様々なところで規模の大きな地震が発生し、もの凄い恐怖感を覚えました。24時間以内に東京にもさらにでかい地震がくることを覚悟しました。

4:02 三陸沖 M6.3 震度4 盛岡市など

4:08 茨城県沖 M5.2 緊急地震速報(M6.1 震度5弱と予想)

4:16 新潟県中越地方 M3.6 緊急地震速報(M6 震度5強と予想)

4:23 千葉県東方沖 M5.7 銚子市などで震度4 緊急地震速報(宮城県北部でM7.5 震度7と予想・さすがにこの予報が出たときは構えました)

4:31 長野県北部 M5.9 栄村 震度6 緊急地震速報

4:46 秋田県沖 M6.4 能代市など震度4 1983年日本海中部地震の余震域で発生。

5:11 三陸沖 M6.4 緊急地震速報(新潟県中越地方で震度5強と予想)

5:42 長野県北部 M5.3 栄村で震度6 緊急地震速報

6:19 長野県北部 M3.7 緊急地震速報(神奈川県西部でM6.1 震度6弱と予想。ついにきたかと覚悟を決めた瞬間と親に一刻も早く電話しようかと迷いました。)

6:34 長野県北部 M3.5 緊急地震速報(福島県沖でM6.0と予想)

6:48 千葉県東方沖 M4.6 緊急地震速報(M5.9と予想)

10:34 三陸沖 M6.0 

10:47 福島県沖 M6.8 涌谷町などで震度4

22:15 福島県沖 M6.2 楢葉町 震度5弱 緊急地震速報(M7.2と一時予想)

23:34 長野県北部 M3.7 栄村 震度5弱 緊急地震速報(M6.8 震度6強と予想)

23:43 岩手県沖 M5.9 滝沢村など震度4 緊急地震速報(M6.2と予想)

我が家のWIN10が大きな数値をたたき出すたびに緊張していました。

3月11日に過去発生した主な地震

あの大震災から1年が経ちます。14時46分に三陸沖でM9の揺れがあってから11日だけでも数多くの余震がありました。

11日に発生したM6以上、もしくは震度5以上の余震もしくは関連地震は以下の通りです。

14:51 福島県沖 M6.8 笠間市など 震度5

14:54 福島県沖 M5.8 浪江町など 震度5

14:58 福島県沖 M6.4 大河原町など 震度5

15:06 岩手県沖 M6.4 大船渡市など 震度5  牡鹿半島の東南東130km

15:07 茨城県沖 M6.6 水戸市など 震度4

15:08 静岡県伊豆地方 M4.5 熱海市など 震度5 震源地函南町

15:08 岩手県沖 M7.4 普代村 震度5

15:08 茨城県沖 M6.2 水戸市 震度3

15:12 福島県沖 M6.7 川内村 震度5

15:13 福島県沖 M6.2 福島市 震度3

15:15 茨城県沖 M7.6 鉾田市 震度6強 犬吠崎の北東50km

15:23 岩手県沖 M6.2 普代村 震度4

15:25 三陸沖 M7.5 盛岡市 震度4  牡鹿半島の東280km

15:29 三陸沖 M6.8 涌谷町 震度3

15:31 福島県沖 M6.1 白河市 震度3

15:33 福島県沖 M6.1 水戸市 震度3

15:33 福島県沖 M6.5 郡山市 震度3

15:57 茨城県沖 M6.2 神栖市 震度4 犬吠崎の東北東40km

15:59 福島県沖 M6.7 小美玉市 震度3

16:10 福島県沖 M6.2 涌谷町 震度3

16:14 茨城県沖 M6.8 日立市 震度4

16:17 福島県沖 M6.4 水戸市 震度4

16:25 三陸沖 M6.2 盛岡市 震度3

16:29 岩手県沖 M6.6 大崎市 震度5強  宮古の南東100km

16:35 福島県沖 M6.0 小美玉市 震度3

16:56 福島県沖 M6.2 郡山市 震度3

17:04 福島県沖 M6.0 福島市 震度3

17:12 茨城県沖 M6.6 いわき市 震度4 いわき市の南東70㌔

17:15 福島県沖 M6.5 小美玉市 震度3

17:19 茨城県沖 M6.8 水戸市 震度4  犬吠崎の東北東120km

17:27 宮城県沖 M6.2 名取市 震度3

17:33 三陸沖 M6.0 白河市 震度3

17:38 三陸沖 M6.2 市貝町 震度3

17:40 福島県沖 M6.0 富岡町 震度5強 いわきの北北東60km

17:43 茨城県沖 M6.0 取手市 震度3

19:10 岩手県沖 M6.2 野田村 震度4

20:36 岩手県沖 M6.7 滝沢村 震度5 宮古の南東80km

21:13 福島県沖 M6.2 利府町 震度4 牡鹿半島の東南東90km

条件をこれだけ大きくしてもこれだけ多くの余震がありました。

2011年より前にも3月11日は規模の大きな地震が起きています。

1853年の小田原地震(M6.7) 死者20~100人

1930年 オホーツク海南部 M6.7

1936年 三陸沖 M6.1

1951年 青森県東方沖 M6.1

1958年 宮古島近海 M7.2 宮古島市で震度5

 
 

3月10日に過去発生した主な地震

過去3月10日に発生した主な地震は1931年の三陸沖でM6、1944年の岩手県沖でM6.2、1952年には十勝沖でM6.9の大きな地震があり、帯広市などで震度4を観測しました。この地震は6日前に発生したM8の十勝沖地震の余震で、浦河町などで10名が負傷しました。

またその後も1970年に択捉島南東沖でM6.1、1983年と1996年に北海道東方沖でM6、M6.2の地震が、そして昨年3月9日に発生した東日本大震災の前震の余震がこの日も続きM6.4→M6.3→M6.8(最大震度4、津波注意報発令)→その後もM5クラスが4回発生するなど、活発な活動を続けていました。個人的には余震にしては規模の大きな地震が続くなと思いつつもこれまで何度もM7~6クラスの群発地震が起きていることや、沿岸からも離れた距離が震源のため、マグニチュードの規模は大きいが震度はそれほど大きくないこと、最近の津波を伴う地震でも2005年11月15日M7.2(42センチ)、1994年12月28日M7.6(三陸はるか沖地震 55センチ)、同年4月8日のM6.5(11センチ)など、震源地や地震のメカニズムによって津波の大きさも変わってくるので一概には言えないが、まさかその翌日にあれだけ規模の大きな地震と津波が起こるとは思いもしませんでした。

思えば昭和三陸地震も3月でした。被災前、何度か訪れたことがありますが、とても防災意識の高いところだけに衝撃をうけました。明後日であの日から1年が経過します。

3月9日に過去発生した地震

3月9日は過去をひも解いても大きな地震が多い日でした。

1926年根室半島南東沖のM6.4、1929年硫黄島近海でM6.2、1930年伊豆半島東方沖で群発地震、伊東で震度5、1931年三陸沖M7.2、1940年小笠原諸島西方沖M6.3、1977年日本海西部M6.3、1980年沖縄本島西方沖M6.3、2007年日本海北部M6.2と規模の大きい地震が3月9日に発生しています。

幸い本土からは離れたところが震源だったため震度はそれほど大きくありませんでした。

そして昨年あの大地震の前震ともいえるM7.3の地震が三陸沖で発生してから、すべてが変わってしまいました。

11時45分に発生し宮城、岩手の沿岸で最大95センチの津波が発生。養殖施設などを中心に被害が出ました。この地震を筆頭に3月9日だけでM6以上が3回、M5以上が11回など、当時は余震と思っていた地震が2日間続き、そしてあの3.11へとつながっていくのです。

3月8日に過去発生した主な地震

3月8日は特筆すべき大きな地震はありません。

規模の大きなものは1927年の京都府北部でM5.6など北丹後地震の余震が4回。1952年の十勝沖地震の余震でM6など3回あった程度です。

また1997年の伊豆半島東方沖の群発地震はこの日も続き震度3以上は3度観測しています。

2007年に鳥島近海の深さ152キロと深い位置でM6の地震が発生し、宇都宮市などで震度2を観測しました。

3月7日に過去発生した地震

1927年のこの日京都府北部を中心にM7.3の非常に大きい地震が発生しました。北丹後地震です。宮津などで震度6を記録し丹後半島に被害が集中し峰山町などは火災が発生、街全体の97%が消失しました。死者が2925名、全壊1万2584棟など大きな被害が発生し、7日だけで震度3以上の余震が6回ありました。

1952年には石川県でM6.5の大きな地震があり、7名が死亡する被害がありました。

1978年には東海道南方沖でM7.2の地震がありました。ただ440キロと深い深発地震だったため宇都宮や千葉で震度4を記録しました。

1997年はこの時期続いていた伊東の群発地震が再び活発化し16時33分のM5、最大震度5の地震を最大に、この日1日だけで震度3以上の地震が11回もありました。

3月6日に発生した主な地震

過去3月6日に発生したおもな地震は2012年1月1日にも同じような場所、規模、深さの地震がありましたが、1984年に鳥島近海でM7.6の地震がありました。深さは452キロと深く山陰から北海道にかけての広い範囲で揺れを観測しました。東京や宇都宮などでは震度4を記録し横浜市では死者が、千葉市では断水になるなどの被害が出ました。

そしてこれも2012年1月に同じような地震がありましたが、1996年には山梨県東部・富士五湖を震源とする地震が3回にわたってあり、中でも23時35分のM5.5の地震は河口湖町で震度5を記録しけが人8名、住家破損86件などの被害がありました。

1989年には千葉県東方沖でM6、銚子市などで震度5を記録し都内でけが人が出ています。また1942年に留萌支庁中北部でM6.5(深さ256キロと深い位置のため八戸市など太平洋側で震度4を記録)、1956年に網走沖でM6.3の地震があり小さな津波を観測するなど比較的大きな地震が目立ったのが3月6日でした。

3月5日に過去発生したおもな地震

過去80年間の3月5日に発生した主な地震は1943年に鳥取県東部でM6.2の地震があり、鳥取市で震度5を記録しました。

また1997年には伊豆半島東方沖で地震があり、伊東市で震度5を記録しました。これはこの時期に発生していた群発地震のひとつです。

1952年に釧路沖でM6.4、M6などM5を超える地震がこの日だけで15回発生しています(最大震度は3)。これは前日に発生した十勝沖地震(M8)の余震によるものです。

国内ではありませんが、1996年には台湾付近でM6.4の地震があり、南西諸島で津波注意報が発令されましたが、津波は観測されませんでした。

3月4日にこれまで発生したおもな地震

あの大地震からまもなく1年が経とうとしています。

今回から過去80年分のデータをひも解いてある特定の日にこれまでどういう地震が発生したのかを遡ってみようと思います。

1回目は3月4日です。

1952年に十勝沖地震が発生しました。最大深度は釧路市などの震度5ですが、池田町、浦幌町などは推定で震度6程度あったものと思われます。マグニチュードは8.2と非常に巨大なもので津波も発生し、厚岸で6.5mを記録しました。また死者も22名、建物の全壊、流出、全焼被害も1800棟以上と大変大きな被害を出しました。

明日であれから60年が経過します。

そのほか、1943年には鳥取県東部を震源とするM6.2の地震(最大震度鳥取市の震度5)、1960年に鹿児島湾を震源とするM6.4の地震(最大震度日南市などで震度4)が発生しています。

また1930年には静岡県伊東市で群発地震がありM5.1の地震が、1997年にも群発地震による地震があり、M5.9という比較的規模の大きな地震により、軽傷者3名、半壊1棟、川奈地区での断水や新幹線、伊東線が運転を見合わせるといった被害がありました。

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