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2012年西日本縦断・鉄と城の旅・4日目~新幹線がつっこむ三原城


福岡から縦断してきたこの旅も4日目。広島をでたはいいがなんか気持ちが悪い。

当初の予定は呉から松山へでて道後温泉、松山城そして大洲へ向かおうと思っていたが、このまま船に乗ればいくら穏やかな瀬戸内海でも船酔いしてしまう!と判断し、山陽本線でそのまま東へ向かうことにした。

だけどそういう時に限って座れなかったりするもの。駅で休むのは寒いし広島から離れれば離れるほど田舎で休むところもなくなる。

だが不思議なもので瀬野八を超えるころには車内は空き、いつのまにか気持ち悪いのも収まっていた。もともと四国を縦断し岡山までのお城をいくつかまわる予定をたてていたので、ここから先はほぼ無計画。行き当たりばったりの旅になってしまう。

西条駅で乗り換え。ここから広島色から末期色の車両が増えてくる。

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朝9時、三原に到着。駅前にはようこそたこのまち三原へ。とある。明石はたこというイメージがあるが三原は知らなかった。

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ちょっと三原の街を歩いてみることにした。いきなり城跡にいくのもなんなので、古い町並みが残る旧山陽道沿いをてくてく。

三原城跡があるように三原市は城下町である。山陽本線沿いを少し歩くだけでも古い町並みがポツポツと目につく。

 Dsc08183_800x600 Dsc08184_800x600 現役なのだろうか。眼科にしては重厚なつくり。

他にも古い建物がいくつか。

 
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再び駅の方向に戻る。途中信用金庫の脇に三原城の西門の跡があったことを標す碑があった。

 
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新幹線の高架をくぐると、三原城跡がみえてくる。
天守台の下は発掘調査中だった。

 
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三原城は小早川隆景が1576年に沼田川河口の三原湾に浮かぶ大島・小島をつないで1582年前後と1596年ころ偉容を整えたといわれている。

城は海に向かって舟入を開き、城郭兼軍港としての機能を備えた名城で、満潮時には海の上に浮かんでいるようにみえることから浮城とも呼ばれた。

そんな名城も鉄道が本丸を貫き、1894年には三原駅ができ、天守台など一部を残すのみとなってしまった。

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ここから見ると天守台に新幹線の高架橋が乗っかっているのがわかる。

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天守台の上は公園になっている。駅から徒歩0分の城でした。

古い町といえば竹原もいってみたいところだが、とりあえず東へ東へ。







































 

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