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西日本縦断・鉄と城の旅・5日目①~岡山城


岡山市から旅の再開です。

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路面電車で城下を目指します。徒歩10分ほどで広場が見えてくると左に後楽園、右に漆黒の岡山城が見えてきます。

 Img_1631 Img_1634 旭川を右手に、正面には岡山城。

 Img_1636 Img_1638 Img_1639 橋を渡ると後楽園へ。

岡山城は1597年に竣工されその外観から烏城、または金烏城とも呼ばれ、戦災前は国宝に指定されていました。残念ながら空襲により天守閣は焼失、天守閣の石垣も焼けて赤く変色してしまいました。

 
 Dsc08537 空襲前の岡山城

中に入る前にぐるっと見回してみます。

 
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 Img_1658 六十一雁木門横の石塁。

関ヶ原合戦後の池田氏が下の段を大がかりに整備した時に築かれた石塁。この階段は61段あるそうです。

 Img_1668 城内から見た六十一雁木門。

戻って廊下門をくぐります。

 Img_1652 

廊下門は昭和41年再建の鉄筋コンクリート製。表書院から本段への長廊下の下手に設けられた門です。

 Img_1650 Img_1647 月見櫓。

 Img_1663 Img_1664 城内からみた月見櫓。

1620年代の建築といわれています。外からみると二層、城内からみると三層の景観を施します。

 Img_1661 Dsc08544_800x600 表書院跡です。

岡山藩の政治がおこなわれていた建物で発掘調査により建物の位置や間取りがわかりやすく表示されています。

 Img_1662 

また平成5年度の発掘調査の時に地中から石垣が発見されました。これは江戸時代の初めに城を改造するときに、この石垣を埋め込んで中の段を北に大きく広げたといわれています。拡張後の中の段には表書院が建てられました。

もうひとつの門、不明門をくぐります。

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こちらも昭和41年に再建されました。なぜ不明門といわれていたか。平素の出入りは北端の渡り廊下を使用し、この門はほとんど閉ざされていたことからそう呼ばれています。

 
ようやく正面に天守閣をとらえることができました。

 
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入館料は大人300円、午前9時から午後5時30分まで年末を除いた毎日入館できます。

1階は土産、食事処。2階は池田時代、3階は宇喜多、小早川時代の紹介、4階、5階をへて6階が展望フロアになっています。

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天守閣の中は体験コーナーや商店の再現セットなど家族連れでも楽しめる観光施設になっています。

 Img_1677 展望フロアです。

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後楽園側(北側)の眺望は良いですが、それ以外はあまり・・・といった感じです。

次回は瀬戸大橋を渡って四国へ南下します。


























 




 












 

 



 











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