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2013年8月

北陸・鉄道たび えちぜん鉄道勝山永平寺線

えちぜん鉄道には福井鉄道との共通フリー切符が1200円で発売されています。今回はこれを使って旅をしています。

再び福井駅からスタートです。

 Img_4827 Img_4828 変な人がいる。

目的地の勝山は恐竜のまちです。

Img_4745 Img_4748

隣の新福井駅に入線するMC6101形。愛知環状鉄道からの譲渡車。

福井駅も新福井駅も将来高架化されるためこのあたりも大きく景色が変わると思われます。

 

 Img_4946  福井口駅にて。

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えちぜん鉄道には古い駅舎がいっぱいあります。

ここで三国線とわかれ右側に大きくカーブし住宅街を進みます。

Img_4970 Img_4969 松岡駅にて(車内より)

松岡駅の駅舎本屋は和洋折衷のつくりになっていて国の登録有形文化財にも指定されている建物です。

隣の志比堺駅、永平寺口駅も登録有形文化財に指定されている駅舎があります。

右の写真にちょっと写っている自転車はレンタサイクル用の自転車です。レンタサイクルは利用できませんが自転車を持ち込めるサイクルトレインもあります。

永平寺口駅はその名の通り永平寺への入り口です。かつてはここから永平寺線が分岐していて永平寺まで乗り入れていました。

永平寺を過ぎると民家もまばらになり、やがて九頭竜川と並行して走ります。

 Img_4968 山王駅(車内より)

 Img_4967 九頭竜川(車内より)。

この日は夕方から大雨になった影響で雲が低くたれています。

昔事故があった発坂駅をすぎると、終点勝山駅です。

 Img_4948 勝山駅も1914年に建てられた古い駅舎で登録有形文化財です。

 Img_4955 恐竜のモニュメント。

車で10分ほど行ったところに恐竜博物館があります。今でこそ入館料は500円ですができた当時は地元の人でも二の足を踏むほど高い入館料だったそうです。

たまたまコミュニティバスが待っていたので乗車してみることにしました。目的は勝山城です。

 Img_4949 まわりに建物がないので嫌でも目に付く大師山清水寺と五重塔。

ここに越前大仏があります。

 Img_4953 勝山城です。正確には勝山城博物館です。

残念ながらこのカットしかありません。なぜか。

ちょうどここに着いたときに傘をさすのも躊躇するほどの大雨になってしまいました。地元の人も時間こそ短かったが一瞬福井豪雨を思い出したというほどの大雨でした。雨宿りしているうちに博物館の閉館時間は過ぎ、コミュニティバスもなくなり・・・

もともと勝山城はこの場所ではなく、勝山市役所の近くにあったといわれています。さらに財政難のため天守閣は建てられることなく廃城になったといわれています。

この建物は平成になってから個人が建てたもので、専門家の指導の下にイメージして建てられた模擬天守です。

ゆえにこの豪雨の中無理をしてまでも行くことはないと判断し、ソフトクリームを食べながら雨宿りをしていたのですが、いっこうにおさまる気配がありません。

日も暮れかかりあきらめてタクシーでも呼んでもらおうとしたその時、見るに見兼ねたのか優しい地元の方が車で送っていただけるとのこと。

あ~感謝、感謝、感謝です。結局雨宿りをしただけで勝山市をあとにするのですが、これだけで来た甲斐がありました。

勝山駅にはテキ6電動貨車が保存されています。

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ねこ君はどいてくれなくて結局全部のカットに入ってしまった。

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後ろの無蓋車はト68、そして線路の反対側には車掌車が留置していました。

 

 
 Img_3839 Img_3843 電動貨車との対面は静岡鉄道以来。

ちなみに東京でも電動貨車をみることはできます。

 Dsc02434_640x480 

駒込の神明町車庫跡公園にある都電の電動貨車乙3です。

あ、そうそう車に乗せてもらって勝山駅に着いたときは雨は見事にあがりました。すいません、とんでもない雨男で。





















 


























北陸鉄道たび えちぜん鉄道三国芦原線

福井の町を降りたのは20年ぶりくらいでしょうか。

まだ地上の駅舎のころで、えちぜん鉄道は前身の京福電鉄。白地に茶色の帯の古い車両が走っていた時代です。

長い跨線橋をわたって改札をでたのは覚えているのですが、そこから先の景色はおぼえていません。おそらく金沢から乗る必要のなかった特急「雷鳥」に乗ってしまい、後続の本来乗るべき「加越」か「しらさぎ」に乗り換えるために福井で降り、時間つぶしに外に出て目的もなく駅前をぷらぷらしていたためと思われます。

あれから時間がかなり経ち、金沢同様高架化しコンパクトになってしまった福井駅を降りたっても懐かしさがこみあげることはありませんでした。

 Img_4927

きれいな駅舎の端っこに当時は乗ることがなかったえちぜん鉄道の福井駅がありました。えちぜん鉄道は前身の京福電鉄が赤字により永平寺線など存続問題が上がっている最中半年に2度の衝突事故を起こし運転取りやめに、事業継続が困難となり廃止に。第3セクターとしてえちぜん鉄道を発足し現在に至っています。

まずは三国芦原線に乗車。

 
 Img_4740 Img_4743


この7000形はJR東海の飯田線119系の譲渡車両。面影が全くありません。

 Img_4745 福井口までは勝山永平寺線と同じ線路を走ります。

 
 Img_4778 Img_4782 田原町にて。

田原町駅は福井鉄道で終着駅でもあり、共有しています。相互乗り入れの構想もあるようです。

 Img_4784 Img_4785

えちぜん鉄道には登録有形文化財になっている古い駅舎も多く、この駅舎も指定はされていませんが特に福井鉄道側はいい味を醸し出しています。

あらためて福井鉄道編で紹介したいと思います。

 Img_4809 列車がはいってきました。

 Img_4941 Img_4942 単線1面のホームゆえ行先表示板が重宝されます。

 

新田塚あたりまでは住宅街が続きます。

九頭竜川を渡ると青々とした田園風景が、田舎にきたなあと実感がこもります。

 Img_4812  対向列車との離合。

駅舎が登録有形文化財である本荘駅をすぎるとあわら湯のまち駅に着きます。今の名前に改称される前は芦原湯町駅だったのですが、ひらがなの今の名前のほうが温泉駅にしっくりきます。

北陸本線に芦原温泉の駅があり、そちらのほうがメジャー感があるのですが閑散として子供心ながらどこに温泉があるのだろうと疑問に思っていた駅でした。ただ提灯がホームの屋根からつりさげてあったのは印象に残っています。今でも変わっていないのでしょうか。

あわら湯のまち駅からは名勝東尋坊へ行くバスも出ていますが、今回は寄りません。

そして写真におさめることはできませんでしたが、途中でいかにも怪しい遊園地が車窓から見えます。国道沿いにはあるもののこんなところに人が来るのだろうか。と思わせるくらいの佇まい。そこが営業中なのか廃園なのかもわからず、興味津々。いっそ降りて見てみたいという衝動にかられましたが、駅から遠そうというのと営業していてもしていなくても1人で遊園地行くのもね・・・と瞬時に判断しあきらめました。

あとで調べたところワンダーランドという自らB級って言ってしまっている、営業している遊園地でした。大変申し訳ないが廃墟になった姿が容易に想像できてしまったのは自分だけではないはず。

三国ワンダーランド http://wonderland.vc/map/

そうこうしているうちに福井以来の大きな町三国駅へ。

ここで大半の客は降ります。残った人は旅する同業者と乗り鉄の方々数人。

 Img_4822 Img_4817 Img_4813

三国港駅です。レトロ風の駅舎を意識しています。

 Img_4815 Img_4823

さてえちぜん鉄道の名物といえば普通の車両なのにアテンダントがいること。とても気さくな方でした。女性車掌ではなくアテンダントというところが印象が大きく変わります。

 Img_4824 

 Img_4826 車内。液晶モニターがとても見やすい。

 Img_4816 Img_4820 

三国港駅。道路一本挟むとその先は日本海。越前カニでも食したいところだが、そんな余裕はありません。

 Img_4818 Img_4819

駅前によくある光景。なんでも屋さん。郵便丸ポストがいい。これだけでも来た甲斐があった。

15分駅前を散策した後。おおよその予想通り終着駅までいた顔ぶれと同じメンバーで三国港駅を出発するのでした。

アテンダントさん、すいませんねえ。おっさんばかりで。











 

 

 



























 

北陸鉄道たび ムーンライトえちご485系賛歌


この夏、青春18切符を使ってどこへいこうかと思案した結果、2015年に北陸新幹線開通により第3セクター化される北陸本線へ、最後の特急王国であり本線にふさわしい名前を残していた最後の牙城をもう一度目に焼き付けておくことにしました。

実は子供のころ祖父の家が金沢にあったので、金沢には地上駅時代から毎年のように行っており、それからだいぶ時間は空きましたが何年か前にすっかり変わりいつでも新幹線を受け入れできる体制が整ったところをみてきたので、今回は北陸周りでも信越周りでも常に通過点であった富山と福井にいってみることに。

まずはムーンライトえちごに乗車。

 Img_5056 Img_5062 

10年も前ならなんの変哲もないこの特急型車両も東京では珍しくなり、写真を撮る人が目立つ、さらに朝5時にゆっくり走っても新潟に着くため、何回も駅に停車しては時間を調整する。

そのたびに皆さんが外に出て撮影をする。→なかなか寝れない→結局自分も外に出て撮影している。そんなわけでこれまで深夜バスで一度も寝つけずさすがに鉄道ならば寝れるだろう・・・と思っていたのですが無理でした。

周りを見ても結構起きていた人はいたので、ああみんな同じなのだという安心感はありましたが。

 Img_5059 Img_5061 Img_5805

しらさぎ、雷鳥、加越、北越、白鳥、白山・・・当時は北陸本線は特急銀座で485系、489系が当たり前のように走り、合間を普通列車が申し訳なさそうに走っているといった感じでした。また短いあいだでしたがスーパーきらめき、スーパーかがやきといった速達特急もでてきてとても賑やかな時代がありました。

そのうち加越や白鳥がなくなり、雷鳥が名前を変え、今では485系で残っているのは北越と新潟から秋田へむかういなほくらいになりました。そのいなほもこの9月から順次新しい車両に変わっていきます。

子供のころに何度も乗ったことで、あのモーター音や鉄道唱歌やデッキに通じるドアのガチャンと閉まるうるさい音がすべて懐かしく蘇ってきます。そりゃ眠れるわけがない。

 Img_5810 北陸本線というと、この車両案内板が賑やかだったのを思い出す。

ムーンライトえちごは長岡に午前3時過ぎに到着。この時間に降ろされてもどうすることもできないだろなんて思いつつ、新潟県内のいくつかの駅に止まりながらすっかり夜明けを迎えた新潟駅に滑り込みました。

 Img_5072_2 北へ向かう人はE127系快速村上行へ。

Img_5074 Img_5078 新潟も広島と同様115系のカラーバリエーションも豊富。  

Img_5083 Img_5096 新潟色(緑)

Img_5797 Dsc09594_800x600 新潟色(青)

Img_5763 Img_5091 直江津まで行くと長野色も。

他にも湘南色も見かけました。

あ、485系賛歌とかいっておきながらそれてしまっていますね。

 Img_5104 こちらは車内から新潟車両センターに留置していた485系1000番台。

普通幕になっていました。ちなみにE653がずらりと待機していました。

 Img_5766_2 快速くびき野。惜しむらくは1000番台いなほが見れなかったこと。


 Img_5799 Img_5800 Img_5801 そして3000番台です。

今回は車両を中心に信越本線編をお送りしました。






















 

















 



西日本縦断・鉄と城の旅・6日目~姫路モノレール

手柄山をあとにして姫路駅に戻ります。

ただ戻るだけでは面白くない。どうせだったら遺構が多く残るモノレールの跡をたどりながら歩いてみました。

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万博という異空間から夢の余韻を乗せて姫路の駅へむかったこの軌道も、現代の景色の中に当時の面影を残しつつこれまた異空間の次元へいざなってくれます。

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その無骨な石と鉄の塊は途切れ途切れながらも空を切り裂き、町をすり抜けます。

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 Img_1872 新幹線とモノレール廃線跡。すべてが対照的に見えてしまいます。

 Img_1875 Img_1877 山陽本線と県道を前に再び途絶えます。


 Img_1880 Img_1882 山陽新幹線とアンダーパス。

 

 Img_1884 Img_1885 Img_1888_2

赤レンガの工場が廃線跡をよりひきたたせてくれます。さらに新幹線がクロスすることでさらに立体感が引き立ちます。もう完全にアートです。

未来の乗り物がいつの間にか過去の乗り物となり、その上を未来の乗り物が通過していく。そんな光景をこの赤レンガの工場は見届けていたのでしょうか。

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蔦の絡まり具合が時間の流れが止まっていることを証明してくれます。

さてこの気になる赤レンガ工場ですが 山陽色素株式会社の第二工場だそうです。

登録有形文化財にでもなっているのかとぐるりとまわってみましたが、なにもなく果たして現役なのか廃工場なのかと調べてみると、なんと今年の春(2013年)で解体してしまったようです。つまり1年以上も前のことを今更記事にしていることがバレバレになってしまったわけなので、お恥ずかしい限り、ただ全く知らなかったとはいえ本当に行っておいてよかった。

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Img_1901 Img_1904 Img_1900 ここで再び途切れてしまった。

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再びその姿を現したのは姫路モノレール廃線跡のクライマックス。大将軍駅がある集合住宅。

 Img_1911 Img_1912 

自分の家に駅のホームがある。そんな夢のような景色もすでに報道されているのでご存知の方も多いとは思いますが、解体されることが決まりました。

 Img_1907 Img_1914


下のテナント部分は廃墟と化しています。願わくば安全上問題がなければ、解体前に公開していただきたいものです。

姫路駅にむけてあとわずか。

 
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古き良き昭和を思わせるテナントの屋根を突き抜けて遺構は続く。

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やがて橋脚だけになり跡形は途絶えてしまいます。ただ大きな駅舎があったわけではなく忽然と屋根つきのホームがあっただけだったようです。

もともと気になっていたとはいえ、この日姫路で降りたメインの目的は改修中の姫路城をみるため、直前までこの廃線跡やモノレールを見に行くつもりではありませんでした。ただこのノスタルジックな光景に完全に引き込まれてしまい半日を費やしてしまいました。

負の遺産の代表格といわれるこの廃線跡も大将軍駅同様、どうやら解体されるようです。赤レンガの工場といい偶然このタイミングで引き合わせてくれて、ぎりぎりでこの貴重な風景に巡り合えたことにちょっと運命を感じてしまいました。

おそらくあと1~2年で変わってしまうこの光景はもう一度行かないと後悔すると思わせた場所でした。






 












 






























































西日本縦断・鉄と城の旅・6日目~姫路モノレールスペシャル②

モノレールが展示されている手柄山公園内に植物園があります。

ここにはグッズが売っているということで寄ってみたのですが、そこにモノレールのアルバムが置いてあり、みていると他にもあるということで貴重な写真を見せていただきました。許可をいただいたので今回ブログに掲載させていただきました。

 Img_1860 

建設中の姫路モノレール。トラックをさらにキャタピラーのようなもので引っ張り運搬しました。

Img_1861Dsc08703_800x600 開通当時の姫路モノレール。

Img_1862 パンフレット

 Img_1863_2 手柄山駅をでるモノレール

植物園の方、貴重な資料をありがとうございました。

ここからは交流ステーションに展示してあった今は亡きモノレールのパネルを紹介致します。

 Dsc08688 大阪万博モノレール

 Dsc08690 奈良ドリームランドモノレール

 Dsc08692_800x600 よみうりランドモノレール

 
 Dsc08694_800x600 横浜ドリームランドモノレール

 Dsc08696 向ヶ丘遊園モノレール

 Dsc08698 東山公園モノレール

 Dsc08701 犬山モノレール

みな遊園地や博覧会関連のものばかりですね。なんとなく近未来を感じさせてくれたこの夢ののりものは想い出だけを乗せて過去のものになってしまいました。

次回は姫路モノレールの数多く残る遺跡をめぐります。





 













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